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春に咲く花、愛よりも尊し。  作者: 639


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14/15

過ぎし主、今の主、御側にありて13




「ラディ!!どういうこと?!」


一息ついてしばらく、フィオリア様が息を荒くして扉を勢いよく開けた。


「フィオ、まずは座って。リアン、フィオリアにも同じものをお願い。」

「かしこまりました。」


私がハーブティーを用意して戻ると、ラディウス様は自らの隣を軽く示された。


「リアンも座って。」

「……はい。失礼致します。」


フィオリア様にハーブティーをお出ししてから、恐る恐るラディウス様の隣に腰掛ける。至近に感じる気配に一瞬だけ胸が高鳴るが、隣に座ることが当然であるかのように受け止めてくださるラディウス様の落ち着きに、私も自然と肩の力を抜いた。

フィオリア様はカップを手に取り、一口含むと小さく息を吐かれた。


「ふう……リアン、ありがとう。」

「いいえ。」


やわらかな空気が一瞬流れたのも束の間、フィオリア様はすぐにカップを置き、真剣な眼差しでラディウス様を見据えられた。


「ラディ……レガトニア王の、あの甘ったるい感じ。あれは一体なんだったの?」

「そう言われても……ねぇ、リアン。」


ラディウス様に話を振られ、私は一度小さく息を整え、頷く。


「ラディウス様が隣にいらっしゃる間、レガトニア王は終始、積極的に話しかけられていました。極めつけは…お名前呼びまで求められるほどでした。」

「……う、嘘でしょ?!」


フィオリア様の目が見開かれる。


「まさか……あの、王が?! そんな……えっ、ラディ、本当なの?!」

「うん……。」


ラディウス様が小さく頷かれる。


「最後には、『もっと話したいからお茶をしよう』と誘われて……」

「……承諾、したの?」

「予定が合えば、と濁したよ。」

「そ、それで……」フィオリア様の声がわずかに上ずる。

「……あのキスは?」

「お誘いを濁した後に――された。」


フィオリア様は目を輝かせ、興奮を隠そうともせずに身を乗り出した。


「ラディ!!すっっっっごく、アピールされているじゃん!」

「……認めたくはないけど、そうなんだろうね。」


ラディウス様が肩をすくめる。


「この際、お誘いに乗ってみて、じっくり話してみたら? どんな人か見極めるいい機会だよ! 閲兵式の時はどうだったの?」

「うーん……どうだった? リアン。」

「なんで覚えてないの……」


フィオリア様の呆れた声に、ラディウス様は思わず苦笑を洩らされた。


「レガトニア王は終始、甘い雰囲気を漂わせてラディウス様に話しかけておりました。名前を呼んで欲しかったのか、何度もラディウス様の名前を呼び、ラディウス様に名前を呼ばれた際は、子供のような笑顔で喜んでおられました。」


私の返答に、フィオリア様は目をきらきらと輝かせた。


「きゃーーっ!! ラディ!! 完全に惚れられているじゃん!」

「惚れ……いや、そんな大げさな……」


ラディウス様は慌てて否定されたが、耳が赤くなっているのを私は見逃さなかった。


「だって! あの王だよ?! オメガ嫌いで有名なレガトニア王が、ラディの前じゃ名前呼ばれるだけでデレデレしていたんでしょ? それってもう、完全に恋じゃん!」

「……フィオ、少し落ち着いて。」

「落ち着けないよ! オメガ嫌いの王が、ラディ限定で惚れちゃっているなんて、こんなの物語みたいじゃない!」


ラディウス様は苦笑を浮かべながらお茶を口にした。こういう話題になると、フィオリア様を止められる人はいないのだ。さて、この場をどう落ち着かせようかと考えていたら、扉をノックする音がした。


「兄上、入ってもよろしいでしょうか?」

「アレク、いいよ。」


ラディウス様がそう返事をなさると、私は席から立ち上がろうとしたが、隣のラディウス様に軽く手を伸ばされ、静かに制された。

扉が開き、アレクサンドル様が入室される。どこか不安を隠しきれない瞳で、まっすぐ兄を見つめていた。


「兄上……あの、さきほどの閲兵式のことを、お聞きしたくて……」

「……アレクもか。」


ラディウス様がため息まじりに返されると、アレクサンドル様は視線を横に流し、ソファに腰掛けるフィオリア様に目を止めた。


「フィオリア兄様まで?」

「そう。だってあんな熱烈な様子を見たら、気にならない方がおかしいでしょう?」


フィオリア様の言葉に、アレクサンドル様は小さく頷く。


「アレク、驚かないでね? これだけじゃないんだよ。ラディには毎日、花束が届いているの。」

「……毎日?」

「そう! ほら、部屋のあちこちに飾ってある豪華な花々、見えるでしょう? あれ、ぜーんぶレガトニア王からの贈り物だよ。」

「……兄上にしては華やかにしていると思っていましたが……そういうことだったのですか。」


アレクサンドル様は立ったまま驚きを隠せずにいた。私はその様子に気づき、席を立って場所を譲る。


「アレクサンドル様、お茶をご用意いたしますので、どうぞお掛けください。」

「あ、ああ……ありがとう。」

「いえ。」


アレクサンドル様は少しぎこちなく、空いているソファーに腰を下ろしながらも、なお兄の方へ不安げな視線を向けていた。


「兄上は……レガトニア王から求婚をされたら、お受けになるのですか?」


真剣な眼差しに射抜かれ、ラディウス様はわずかに言葉を詰まらせる。やがて困ったように眉を寄せて、小さく答えられた。


「……わからない。」


その声音に、アレクサンドル様の瞳が揺れる。

私は席を譲って立ち上がったまま、この場が込み入った話になると悟り、静かに一礼して部屋を後にした。サービングルームに下がった私は、並べられた茶葉を前に小さく息をついた。


(さて……今の空気に合うのは、どのお茶だろうか。)


心を落ち着かせるカモミール、緊張を和らげるラベンダー、そして優しい香りを添えるローズ。三人の表情を思い浮かべれば、重たくなりかけている空気を少しでも和らげるものがよいとすぐに答えは出た。


(気持ちが安らぎ、話が和やかになるように……)


私は慎重に茶葉を量り取り、静かにブレンドを始めた。湯気の向こうに漂う柔らかな香りが、誰かの胸に刺さる棘を少しでも和らげてくれることを願いながら。

お茶を盆に載せて静かに運び、扉の前に立つ。中からはフィオリア様の楽しげな声が響いてきて、重たくなりかけていた空気がいくらか和らいでいることを知る。


(……フィオリア様らしい。)


胸の奥に小さな安堵を覚えつつ、私は扉を軽く叩いた。


「失礼致します。新しいお茶をお持ちいたしました。」


私の言葉にラディウス様はにこやかにお礼を述べられる。


「ねぇ、聞いてリアン。アレクったら……むぐっ!」


フィオリア様が勢いよく口を開いたところで、アレクサンドル様が慌ててその口を手で塞いだ。


「? 何かあったのですか?」


首を傾げる私に、ラディウス様は苦笑しながら助け舟を出してくださる。


「ふふっ、フィオリアがアレクを揶揄うから、照れているんだよ。」

「? そうなんですね?」


何を揶揄われたのかは分からないまま、新しいお茶を静かに差し出した。


「よくわかりませんが、お茶を飲んで落ち着かれてはいかがでしょうか?」


私がそう提案すると、赤い顔をしたアレクサンドル様は無言で頷き、お茶を一口含んだ。

すると、フィオリア様がわざとらしく大きな声を上げられる。


「いや〜、リアンのお茶っていつ飲んでも美味しいなぁ〜。こんな伴侶がいたら絶対幸せだよね〜!」


ごくりと飲み込んだ途端、アレクサンドル様は盛大にむせて咳き込んだ。


「……っ、ごほっ、ごほっ!」


ラディウス様はアレクサンドル様の側に寄り、優しく背をさすってあげる。そんな弟の様子を見ながら、ラディウス様は小さく溜め息をつかれた。


「こら、フィオ。からかうのもほどほどに。」

「はーい。」


私は水差しを手に取り、グラスに水を注いでアレクサンドル様に差し出した。ところが、受け取ろうとされたその手が、なぜか私の手ごと掴んでしまわれる。


「っ……」


アレクサンドル様は目を見開き、すぐに手を放そうとされたが、その拍子にグラスが傾き、水が胸元にこぼれてしまった。


「も、申し訳ありません!」


私は咄嗟にハンカチを取り出し、濡れた布地を拭った。アレクサンドル様は固まったまま微動だにせず、ただ顔を真っ赤にして視線を逸らしておられる。


(……なぜそんなに動揺なさっているのだろう?)


拭き終えてそっと顔を上げると、アレクサンドル様は耳まで真っ赤に染まっていた。私は不思議に思いながらも、深追いはせず一歩下がり、姿勢を正した。

ふと横を見ると、ラディウス様は静かに苦笑を浮かべておられ、フィオリア様はわざとらしく咳払いをして笑みを堪えている。


(……やはり、どこかで失礼があったのだろうか?)


不安になり、思わず口を開いた。


「あの……何か、私、いたしましたでしょうか?」


私の問いかけに、アレクサンドル様は慌てて首を振る。


「い、いや!違う、違うんだ!」と声を裏返される様子に、私はますます首を傾げてしまう。

その時、堪えきれなくなったフィオリア様が肩を震わせ、とうとう声を上げて笑われた。


「ぷっ……リアン、君は何も悪くないよ。ただ――アレクの方が勝手に動揺しているだけ!」

「フィオ兄様!」

「だって本当のことじゃないか〜」


フィオリア様のからかいに、アレクサンドル様はさらに赤面し、ラディウス様は困ったように、それでいてどこか楽しげに微笑んでおられた。

私はハンカチを畳みながら、まだ真っ赤な顔で俯いているアレクサンドル様を見て、胸の奥に小さな不安を覚えた。


「もしかして……具合でも悪いのですか?」


そう問いかけると、アレクサンドル様はビクリと肩を震わせ、慌てて首を横に振られた。


「ち、違う!そ、そうじゃない!」

「そうなのですか? でも、とてもお顔が赤いように見えますが……」


心配そうに身を寄せて覗き込むと、アレクサンドル様はますます動揺し、手で顔を覆ってしまう。


「~~っ……!!」


そんな弟の様子を見て、フィオリア様は楽しげに笑い、ラディウス様は苦笑を隠せずに肩を落とされた。


「リアン、気にしなくていい。アレクはただ……照れているだけだから。」


ラディウス様にそう告げられても、私はますます首を傾げるばかりだった。


「あの……アレクサンドル様?」

「だ、大丈夫だ!本当に!だからもうっ……!」


声を上ずらせながらそう言い切ると、アレクサンドル様は急に立ち上がられた。一人がけのソファーがきゅっと音を立て、思わず私も驚いて目を瞬く。


「も、もう今日は……帰ります!」


アレクサンドル様は耳まで真っ赤に染め、ほとんど逃げ出すように扉へ向かわれ、ぱたん、と扉が静かに閉まる。

その場に残った沈黙を、フィオリア様の堪えきれない笑い声が破った。


「ぷっ……あはは! アレク、ほんとわかりやすいんだから!」

「フィオ、笑いすぎだよ。」


ラディウス様が小さくため息をつかれる。

私はただその場に立ち尽くし、二人を見つめるしかなかった。


「……どういうことなのでしょうか?」


思わず問いかけると、ラディウス様は微笑ましそうに私を見やり、ひと口お茶を口にされた。


「リアン……いずれわかる時が来るよ。」


意味深なその言葉に、私は首を傾げたまま黙り込む。――これ以上深く尋ねない方がいいと、直感が告げていた。


「……では、そろそろご夕食の支度をして参ります。」

「うん。よろしく頼むよ。」


恭しく一礼して部屋を下がる。

廊下に出ると、先ほどのやり取りが胸の奥にふわりと残っていた。

――“いずれわかる時が来る”とは、一体どういう意味なのだろう。

答えは見つからなかったが、不思議と胸の奥が温かく、気づけば足取りも軽くなっていた。




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