私はまだ、終われない。
神社に、夜の帳が静かに降りた。
残響のように風が揺れ、誰も言葉を継がないまま、ただ時だけが過ぎていく。
"私は、誰を信じたいんだろう"
答えのない問いを、心の奥で繰り返していた。
誰も嘘をついていないから、全部本当なのだから。
信じてもいいような、このまま飲まれてもいいような、そんな気がしてた。
気付かないふりをすれば、きっと楽だった。
"信じること"。
それが、優しく牙を向いた。
心のどこかで、もう終わってしまってもいいって、思いかけていた。
......でも、きっとそれは、私じゃない。
どれだけ弱くても、揺らいでも、私は私を生きなきゃいけない。
誰かの記憶に塗り替えられて、やがて消えていくくらいなら、ーー。
私は、最後まで抗いたい。
「......まだ、終わらせないわよ。」
ぽつりと、呟いた言葉が、夜の空気を震わせた。
魔理沙がこちらを振り向く。
慧音も、静かに目を細める。
そのとき、霊夢の中で......微かに、何かが灯る気配があった。
それは、まだ名もなき小さな光。
けれど確かに、彼女の中で、再び“霊力”が息をし始めた気がした。
「......霊夢、それ...」
「ほんの少しだけれど...戻ったわよ。」
青白く光るそれは、霊夢の手のひらの上で明るく踊った。
霊夢の中に芽生えた小さな光は、まだ頼りない。
けれど、それでも確かに、そこにあった。
かすかに戻った霊力。
それが、私の奥底にある記憶へと触れていく。
まるで、それを思い出すために、戻ってきたかのように。
その時、ひとつの記憶が運命と交錯する。
「......夕凪、結。あの子は……あの子だけは、私の困惑に驚かなかった。まるで私が抱いた違和感が、当然のように接していた。」
思い出す。
あの日、あの瞬間。
違和感に気づいたとき、私は戸惑い、否定し、信じようとしなかった。
その反応に誰もが、驚いた顔を浮かべた。
だけど結だけは、まるでそれが当たり前のことのように、すべてを知っていたかのように、まっすぐに私を見ていた。
あれは、偶然なんかじゃなかった。
「もし全てを知っているとしたら......いや、そうじゃない。あの子が、中心にいるんだな。」
ぽつりと、慧音が口にする。
そして霊夢の胸の奥に、ひとつの確信が宿った。
——そうだ。
ただ1人だけ、"知っていた"。
私の混乱も、自分の辿ってきた道も。
......本当に、そうなの?
でも、違和感はたしかに、あの時から始まっていた。
「......だから、結なのよ」
誰も知らない。
でも、彼女は知っている。
誰にも語られない、その真相を。
「行かなきゃ。あの子に会いに」
霊夢の呟きに、魔理沙がにやりと笑う。
「やっと本気の顔になったな、霊夢。ほら、立てよ。迷ってる時間はもうないぜ。」
慧音もまた、静かに頷いた。
「記憶の改変は、だんだんと速度を上げて郷を飲み込んでいく。私にも、会わせてくれないか。......夕凪、結に。」
三人は、夜の帳を抜けるようにして神社を後にした。
月はまだ、遠く高い。
けれど、霊夢の歩みの先には、確かに何かが待っている。
たとえ、それが幻想の終わりだったとしても。




