28-2 クレアとヒカリ
「そうか、オーハマー。思い出してくれたのか」
「そうっす」
眺めてまず発言したのはカインだった。スケッチブックには白髪に碧眼の瞳、妙齢の女性の正面顔が色鉛筆で描かれている。
「何となく食堂の厨房を見た時にビビビって閃きを受けて」
「食堂の厨房? 誰だ?」
「ヒカリっす」
「……なるほど、似てなくはない、か?」
「んん? なんか話について行けねえぞ。ヒカリがクレアなん?」
この四人の中で復興祭襲撃後の会話を知らないのはニールだけだった。それを察したカインが説明した。
「コミタバの復興祭襲撃後にオーハマーが言ってたんだよ。クレアは誰かに似てるって」
「それを数日前にヒカリという閃きがあったわけです」
「おけ、把握した」
ニールが理解したのを見てベネットが懐から一枚の写真を取り出した。
「間違い探しは一つだけではできません。これと一緒に見比べてみてください」
それは太陽の騎士団団員名簿の作成時に撮ったヒカリの写真であった。言われた通り似顔絵のすぐ横に置いて確認をする。
「これは……似てるか。歳は離れているが」
「ああ、レアの話は前座でこっちが本題だ」
ニールが視線を下にして覗き込み、その後カインが二つを手に取って見比べる。
髪の色は同じ。瞳の色も同じ。似たような雰囲気。しかし似顔絵からでは同一人物とまではいかない。だが看過する事はできない類似具合だった。
ベネットが言った。
「さて……話が伝わった所でどうするか、です。ヒカリの正体がクレアかもしれないという手掛かりにどう対応するか」
「ん? 凸ってないのか? 普通にヒカリに聞けば良いじゃん」
「無論オーハマーが気付いた時にエネルも交えて話し合いその選択肢も出ました。ですがただ単に問い掛けるのは早計という結論になったのです」
「二人に意見を聞きたいってのはそれから考えた案に関してっす。吉と出るか凶と出るか予想が付かなくて」
「これから私とオーハマーの確認も込めて順を追って話していきます。言いたい事があれば遠慮なく言ってください」
二人が頷くのを見てベネットは数日前の協議の内容の説明を始めた。
「ではクレアはもう説明不要としてヒカリを。二人も知っているように太陽の騎士団所属の呪文使い。食堂の料理長をやっています」
「ああ、確か役割を決めていく中でヒカリが言い出したんだったか」
「はい、ですがその経歴は不明です。……いえまあ、太陽の騎士団自体が元を辿れば各地からやって来た経歴を証明できない者で構成された組織になりますが」
「戦争やコミタバとかで世界が荒れたからな。オレも身分を証明しろと言われても難しいわ。故郷滅ぼしたし」
「ええ、ですから信頼関係の構築は行動で示すものとして見知らぬ我々は活動してきました。ヒカリもそうです。この五年間、彼女は騎士団にとても貢献し信頼できる大切な仲間となりました」
外見上はエネルと同じ少女の姿だが内面は成熟していた。最初の頃は怪しい人物だったが誠実で思いやりがあって呪文使いとしての実力も上澄である。
司令室にいる一同もヒカリを頼りにする事も多々あった。
「ですがここにきてヒカリがクレアという話になりました。先程も言いましたが今すぐ問い掛けるのは躊躇しました」
「何となく想像が付くがその理由は?」
カインの問いにベネットは答えた。
「ヒカリの戦闘能力の高さが理由です。問い掛けた結果、我々に牙を向ける事になるやもしれません」
「ヒカリをクレアと仮定して、スターが今まで探していたのを知ってなお正体を隠してきたっすからね。特大の地雷かもしれないっす」
ベネットの言葉を継いだオーハマーが話を続けた。
「ウイタレンでの召喚生物駆除任務の時っす。大平原の最後ら辺で無数の悪性に襲われたっす」
「確かペロイセンとかいう悪性が指揮してたやつか。あれはあれで目的が分かんねえ襲撃だよな」
「まあペロイセンはどうでも良くて問題はその時のヒカリの発言っす。百を超える悪性が周囲から迫り来る中、『私が本気を出して蹴散らす』と言ってたらしいっす」
「本気を……」
「そしてその直後に『本気を出せば騎士団にいられなくなる。抜けなければならなくなる』とも言ってたっす」
「それはエネルの報告書で見たな。自身の実力を隠すのは呪文使いなら常識だから流したが今となっては」
「見過ごす事はできません」
「それとまだ二つ程あるっす」
オーハマーが続けた。
「ペロイセンに地下遺跡に落とされた時ヒカリはスターに監視をつけていた事、そしてスターの危機を察知して最短で駆けつけるために遺跡の壁に穴を空けた事」
「その壁は後で調べた結果、元に戻っていました。まるでぽっかりと壁という物質がなくなっていたのにです。おそらく何らかの方法……アノマリーの呪文使いかもしれません」
「隠れアノマリー。クレアもアノマリーの呪文使いである可能性があったな」
カインの声にベネットが頷いた。
「他にも何か力を隠しているかもしれません。彼女が従える召喚生物達も脅威です。我々が把握していない強力な召喚生物が控えている可能性、クレアかと問い掛けるのはリスクがある」
「だがその結論はエネルとオーハマーとの話し合いで出たんだろ? それから考えた案を教えてくれ」
ベネットとオーハマーはお互いに目配せをした。そしてベネットが言った。
「それはスターに問い掛けてもらうという案です。クレアはスターを特別視している。ヒカリがクレアなら争いなく事情を話してくれる」
「ヤマチ達もスターには懐いているっすから」
カインとニールは押し黙った。提示された案を頭の中で反芻してベストな選択かどうか吟味する。
結果、現状はクレアの正体を探るならその方法がベストだと思い至った。
しかしそれを実行するかどうかは別の話だ。スターが聞いたかどうか関係なく藪蛇を突く形になるかもしれない。
それによって騎士団に被害が生じるのは避けねばならない。怨敵であるコミタバの動向が掴めてないのだから。
ニールが質問した。
「この事を知ってる奴はこのメンツとエネルだけか?」
「ええ、それだけです。特にヴァニラには絶対に教えられません」
「ヒカリに凸る姿が目に浮かぶっす」
カインも質問した。
「確か孤児院にも棒人間がいたんだったか。ヤマチと同じくらい知能が高い個体が」
「スターとレアの証言で棒人間の存在は判明しています。家事等の手伝いをしていたと」
「……何だかもう、ヒカリはクレアだとしか思えないんだが」
「オレもそう思うわ」
「私もっす」
「私もです。それでどう考えます?」
カインとニールは唸った。
「どうって言われても……なぁ?」
「ああ、これは困った。スターのためにも明らかにしたい気持ちはあるがヒカリが敵になる可能性が……やはりな。それにクレアは孤児院運営時代、アカムの権力者とのいざこざがあってそいつらは全員行方不明になっている。今回俺らがそうなるかもしれない。仮にそうなったらスターは落ち込む。慎重に事を運ばないと」
「それでは回答は……」
「何が正解か全く分からねえ。マジでどうすりゃ良いんだこれ」
「ニールに同じだ。孤児院の卒業生を探し出してクレアの情報を先に集めるべきか」
完全に行き詰まってしまった。間が伸びて司令室にいるベネット以外がそれぞれ弛緩する。
だがそれでも全員が最適解が得られるよう頭を働かせていた。お茶飲んだり糖分を取ったり。時間が少し過ぎていく。
すると司令室の扉がノックされた。待機していたもう一人のベネット分身体がそれに応じエネルが中に入って来た。
「その様子で想像は付くけどどんな感じ?」
首と肩を回して身体をほぐしていたニールが返した。
「答えは出ねーよ。難易度高すぎ」
「うん、そうだよね。わらわもどうして良いか全然分からん」
「それでエネル、ご用件は? 何やら考えたい事があるからこの場の参加は辞退していましたが」
「その考え事を中断する程の出来事が発生したからやって来た。はいこれ、ゾルダンディーからの手紙」
そう言ってエネルは注目の中、右手に待っていた手紙をベネットに渡した。
「差出人はレスティア王。ヒカリの件と同じくらい優先度が高い内容がそこに書かれている」
「優先度が高い、ですか? それは一体……」
「裏方アルマン・アルメイダの調査依頼。まあ詳しくは読んでみて」
レスティア王と聞いて一際大きくオーハマーが反応した。
言われるがままベネットが手紙を広げて読み始めた。




