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28-1 レアからの呼び出し

 レアとの出会いは今でもスターは覚えてる。アカムの生活に慣れてきた頃、彼女は人通りの多い街路脇のベンチで一人座っていた。

 その日は孤児院の家族と共に食材の買い出しに出ていた。午前中、行き来する人の流れの中で悲しそうに俯いている姿が目に留まったのだ。


 それはスターにとって足を止めてしまう光景だった。ジャポニでも見た何もかも失ってしまったような、もしかしたら彼女もそうじゃないかと思ってしまった。

 でも今いる場所はジャポニではない。きっとすぐに保護者がやって来て彼女は元気になる。

 遅れている事に気付いたスターは遠くで呼び掛ける家族の後を追った。


 それから買い出しを終えてからの夕方、スターは先程の場所に足を運んだ。買い出しの帰りの時でもレアは俯いたままだった。時間が経過してどうなったのか気になったのだ。

 夕日が広場に降り注ぎ暗い影が伸びる。変わらずレアは一人でそこにいた。日中のように交錯する人はなりを潜め、より一層目立っている。スターは思わず駆けより声を掛けた。


 それがレアとの出会いだった。遠い遠い親戚に捨てられた彼女は、その後ハルシア孤児院に迎え入れられた。

 見知らぬ土地、新しい環境。それでもすぐに馴染めて幸せそうだった。スターはそれを見て心の底から良かったと思った。

 レアはスターの大切な家族になった。


 だから死んだと思っていたレアが生きていたのには驚いた。変身呪文で化けていたあの時の姿はまさに昔のレアそのものだった。それで直後に起こったモノリスの強襲には対応できなかった。


 レアはコミタバに属し復讐のため活動していた。孤児院の家族全員を殺された恨みを持って。



○○○



 棒人間の駆除任務から六日後、スターは騎士団本部にある地下牢に続く小部屋にいた。対面する覚悟を決める前にレアからの呼び出しがあったのだ。

 部屋の中にはベネット本体とその分身体達も同室していた。スターの座る椅子の傍に佇み騎士団にいる分身体の配置作業を行っている。

 対面時に何かアクシデントが起こった場合に備えての事だった。


「もう少々お待ちください。もう少しで完了します」


 ベネットの声を聞きスターは地下牢に入る扉を見やった。あの向こうにレアがいる。そしてこれから話をする。

 そう思うと心臓の鼓動が早くなって飲み込む唾が鉛のように重くなる。今すぐここから離れたい衝動に駆られる。これは恐怖と罪悪感からくるものだ。

 仮に死者との対話ができるようになった時もこんな精神状態になるだろう。

 何せほぼ全てが似ているのだ。コミタバと与してまで事を起こした以上、嘘をつく理由はない。

 彼女は家族を失った被害者で自分はその加害者。違っているのは生きているという一点だけ。今までレアと会わなかったのもその事実を突きつけられるのが怖くて踏み出せなかったから。

 なんて自分勝手な都合なのかと自己嫌悪する。今まで多くの人を殺し未来を奪ってきたというのに。


 だがそれでも話をしなければならないと奮起したのは当時の状況を詳しく知るためだった。あの日あの時、サニーが死んだ前後に何があったのか。クレアは何故いなかったのか。

 レアの呼び出しの内容もそれに関してだった。地下牢に幽閉されて三ヶ月、最近は静かに何か考え込んでいると報告を受けた。一体何を考えているのか。


「スター」


 思考に沈んでいるとベネットに声を掛けられた。


「私達は思っていませんよ」

「ベネット?」

「理由は分かりませんが何かがあったのです。あなたが凶行に及ぶわけがない。それは復興とこの五年間で確信しています」

「…………」

「だからどうか気を確かに。一つずつ事に当たっていきましょう。大丈夫です。私が付いています」


 そう言ってベネットは扉の前に移動した。励ましの言葉を受けたスターは感謝しその後ろに続いた。


 三人のベネットに挟まれながら地下牢に足を踏み入れる。牢屋の数は四つと少ないためレアは目と鼻の先だ。

 無機質な鉄格子が張られている牢の中は書籍や新聞が床に散らばっていた。時計も壁に掛けられている。

 コミタバだが幽閉生活で気が狂わぬよう配慮がなされていた。


「……レア」


 鉄格子の前に立ってか細い声で呼び掛けた。備え付けのベッドで天井を眺めていたレアは上体を起こしスターを見据えた。橙色のツナギ姿である。


「……………………」


 レアはそのまま目を細めてスターを眺めた。じぃー、と何やら眉を寄せて観察し続けている。

 沈黙が空間内を行き渡った。実際に対面したスターはその視線に気後れする事しかできなかった。

 やがてレアが肩をすくめて言った。


「やっぱり変だなー、誰お前って感じ」

「誰お前、とは?」


 スターの横に立つベネットが尋ねた。近くの分身体も即応できるよう目を光らせている。


「割と大事な話があると口にして、わざわざ時間を割いたのです。説明を」

「改めて直に顔を見て違和感がある。絶対に忘れないあの時とは雰囲気が違う。別人……とは言わないけどアカムのクーデターを阻止したのも含めて謎の存在だ。お兄ちゃんは」


 レアは片膝を曲げて顎を乗っける体勢を取ろうとした。しかし首に付けられている黒の首輪が鬱陶しかったらしくやめた。


「知っての通り、最初はコミタバの襲撃に備えて嫌がらせしようとしていた。バルガスおじさんが死んで動きやすくなったとテッカ達は言ってたからね。でも三ヶ月経ってもその気配はない。だから暇だし思い出に耽ってみた。そうしたら情報交換をしようって気になったわけ」

「……情報交換?」


 スターが復唱するとレアは至極真面目に頷いた。


「あの日あの時、一体何があったのかを私は知りたい。たとえ今でも憎んでいたとしても、その事に関しては私とお兄ちゃんは協力し合える」


 レアの要件はクレアに関しての情報交換だった。百年以上の歳月を孤児の救済に勤しんだ彼女が何故いなかったのか。突如として発生した街の混乱の最中、何処かにいたにせよ孤児院に戻らなかったのか。

 レアはこの五年間、クレアの行方を追っていた。スターとは別の方向性で。


「その第一歩として話し合うべきなのはやはりクレアさんの存在だ。私は彼女の行方を追う傍ら、孤児院の卒業生を探してみた」

「卒業生?」


 予想外の探し方で思わずスターはまた復唱してしまった。そうだ、バルガスもそうだった。百年を超える孤児院の運営ならば卒業した元孤児の数は多いはずだ。


「やっぱクレアさんは善人で感謝されていた。戦争の騒動が落ち着いて各地が安全になったら、アカムの様子を見に何人か卒業生達が孤児院にやって来たからね。張って偶然を装って接触した」


 コミタバもクレアの捜索に一定の協力をしてくれたらしい。経歴を把握し実力者なのを知っている以上、一応の警戒はしていた。

 ベネットが口を挟んだ。


「その卒業生達は今何処に?」


 レアはけらけらと笑って返した。


「そりゃあ勿論、全員ぶっ殺したに決まってんじゃん。滅んだ国に足を運ぶくらいだから自衛くらいはできるしモノリスの兵隊にしてやったよ。もしかしたら騎士団も今までにその兵隊と戦っていたかもしれないね」

「……あなたは自分で何を言っているのか分かっていますか?」

「前にも言ったけど人間はいつか死ぬ。それがその日だっただけだよ。で、話を戻してクレアさんは感謝されてた。まあそうだよね。身寄りのない子供を救ったのだから」


 接触した元孤児の中には、今も幸せに暮らしているという感謝の手紙を送った者も複数いた。大人なった孤児全員に聞いたわけではないが恨んでいる者はいないとレアは結論付けた。


「でもそんなクレアさんはあの時いなかった。私はその理由をお兄ちゃんにあると考えた」

「……俺に」

「アカムから遠い遠いジャポニ、そこにいたお兄ちゃんをクレアさんは何故か保護して連れて帰った。そしてそのお兄ちゃんはアカムのクーデターを単身で阻止した。首謀者がコピーのアノマリーにも関わらず。……あの惨劇の前、アカムの軍にいたお兄ちゃんをクレアさんは有無を言わせず孤児院に連れ帰った。クレアさんは凄い人だけどお兄ちゃんに関して見てみれば、その行動の意図が全く読めない。私の言ってる事理解できる?」


 スターは頷いた。レアが続ける。


「クレアさんにとってお兄ちゃんは特別。だからクレアさんを探すのではなく彼女と関係性があるお兄ちゃんの出自を探る。それがクレアさんの発見に繋がる」

「早い話ジャポニに行けという事ですか」

「それも一つの手だね。他の生きている卒業生を探すのも。つーかお兄ちゃん、どうやってクーデターを阻止したの? ぶっちゃけお兄ちゃんは強くはないじゃん。そこの守護者と殺し合っても負けるのが容易に想像つくし」

「……それが、覚えてないんだ」

「覚えてない?」

「あの時はどうしても許せないと思った。何の罪もない人達を殺す悲惨なクーデターと聞いて。そして封鎖された区画にはクレアさんや他の家族も買物に出ていた。失いたくないと思って家を飛び出して……それからは記憶がなくて目が覚めたら病院のベッドの上で」

「………………はぁ」


 真剣に聞いていたレアは話し終わりにため息をついた。


「何でそう思っていたのに虐殺なんてしたのさ。発言と行動が噛み合ってないって」

「……うん」

「それで? サニーお姉ちゃんが死んだ前後の記憶はあるの?」

「いや、ない。目が覚めたらサニーが死んで……また気を失ってビルに保護されてホムランまで」

「……よくよく考えればその二人もおかしいね。ドバードの首都への醤油特攻には二人も参加していた。その特攻の途中で街は混乱状態になった。なのに距離があるドバードから孤児院まで戻って来た。いくら何でも帰還が早すぎる」

「そう言えば確かに……」

「その辺り守護者はどう思う?」

「……不明です。そもそも出会った直後でそんな話はビルとできません」

「こんの役立たずがー」


 気の抜けた声で不満を吐いたレアはベッドに仰向けに倒れ込んだ。直前までの真面目な雰囲気は霧散し話の終了を示していた。


「ま、そう言うわけで方向性を変えて探してみてくださいな。万が一お兄ちゃんが無実の可能性があるわけだし」

「万が一ではなくスターがやったとは到底思えませんが」

「あまり調子に乗るなよ守護者。スター・スタイリッシュが剣を爆発させ突き刺し斬り殺す光景をこの目で見てきた。その事実は絶対に動かない。でも……」


 レアは再度上体を起こした。その次の表情と声に関しては、スターは昔のレアに戻ったように見えた。


「この世には呪文やオーバーパーツがある以上、その万が一はなくはない。お兄ちゃんにせよ他の誰かにせよ、殺した落とし前は絶対に付けさせる。それだけ」


 伝えたい事を伝え用が済んだレアは三度ベッドに身体を預け目を閉じた。






「とまあ、そんな感じです」


 一方、騎士団の司令室で本体を通して話の内容を伝え終わったベネット分身体が言った。


「今まで何故思いつかなかったと言われればそれまでですが、孤児院の卒業生というのは盲点でした」

「卒業生……五年前の所為で世界が無茶苦茶になったわけだが、一人や二人くらいは流石に何処かで生きてるか」


 その声に一緒に静聴していたカインが応じる。ニールもオーハマーもソファに座り聞く姿勢を取っていた。


「それにスターの出身地であるジャポニ。今まで手掛かりらしいものはなかったが、ここに来て向かう価値が出てきた」

「でもジャポニが今どうなっているのか全く分からないっすよ。復興のごたごたでジャポニどころじゃなかったし、そもそも極東で距離がありすぎるし」

「コミタバの動きが掴めてない以上、戦力の分散は駄目だろ。スター一人で向かわせるわけにもいかねえし」

「ていうかそれっす。コミタバはまた姿を眩ませてるっす。レアの話からバルガスが死んで動きやすくなったと言っていたのに。結局復興祭の襲撃だけで見なくなって」

「それなー。ウゼェからはよ殺させろって話よコミタバは」


 オーハマーの言葉にニールが頷いた。現状すぐにジャポニに赴くには色々と準備が必要だった。

 カインが言った。


「だが突如として降りてきた手掛かりだ。スターのためにもジャポニに向かいたい」

「いや卒業生を探すよりジャポニの方が早いが時期尚早だろ。海を渡る必要がある。仮に空中列車が撃墜されたら真っ逆さま、ジャポニにはオレが同行しなきゃならねえ」

「それにスターが行くってなったら絶対ヴァニラも着いて行くっすよ。理由は言うまでもなく」

「「ツンデレ」」

「言っちゃった!?」

「あいつはよスターに告れよ。五年も何やってんだよ」

「今年でもう六年目になるな」

「ツンデレ六年生……負けヒロインルートかな」

「それ、ヴァニラに言わないように。下手したらアノマリー飛んで来るっす」

「問題なし。オーハマーが言ってた事にすっから」

「何だが急に急所パンチを打ち込みたい気分になって」

「落ち着け。カインが言ってた事にすっから」

「巻き込み事故やめろ」

「さて!」


 若干脱線していたためベネットが手を叩いて軌道修正した。


「一度休憩にしましょう。お茶や摘める物を出すので少々お待ちを」


 そう言ってベネットはソファ同士の間にあるテーブルに茶菓子やカップを用意し始めた。

 分身体の一人も呼んで手伝わせすぐに準備が整った。


「いや、別にいらないねーんだわ。今十時すぎだし昼飯食えなくなるって」

「しっかり腰を据えてお話ししたい事があるのです。今日あなた方を呼んだのはそのため。レアの話は前座でこっちが本題です」


 ニールの声にベネットが答えた。そしてオーハマーに言った。


「オーハマー、例の物を」

「はい、カロン・ニカ」


 首を傾げるカインとカップを手に持ったニールを他所にオーハマーが呪文を唱えた。

 肉体収納化の呪文で身体から取り出されたのはエネルのスケッチブック。手に持ってパラパラとめくっていく。

 オーハマーが言った。


「数日前にやっと思い出したんすよ。誰かに似てるってのを」

「むっ」

「内容が内容なだけに二人の意見を聞く必要があります。クレアに関しての有益な手掛かりです」


 反応したカインがすぐに目を剥いた。

 そしてテーブルに置かれたスケッチブックを四人で覗き込む。そこにはエネルが描いたクレアの似顔絵が描かれていた。


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