27-1 三ヶ月後
冬の冷たい空気を切り裂き太陽の騎士団を乗せた汽車が全力で駆けていた。スターは窓を開けて間もなく到着する街へと目を凝らす。
いくつもの噴煙が立ち上っているのが遠目に見えた。規則性のない爆発音が何度も耳に届く。
「既に戦闘は始まっているようね」
対面に座るヴァニラが入り込む風で靡く髪を押さえながら言った。スターはすぐに窓を閉めた。
車内にはアルス・リザードと他の団員達も同乗している。彼らを乗せた汽車は今、悪性召喚生物の追討任務に向かう最中だった。
棒人間パンツァー部隊と呼ばれる悪性棒人間だけで構成された召喚生物の群れである。とある国の軍所属の棒人間達が先の戦争の余波で悪性になってしまった。
特殊個体を含む彼らの活動は実に巧妙だった。知能が高い悪性の棒人間を選んで勧誘し仲間を増やす。軍時代に培った技術を仲間に伝授する。手に入れた武器を持ち運ぶのではなく各地に隠し潜伏する。全てはより多くの人間を殺すために。
騎士団はこの数年間、彼らの駆除には至らなかった。棒人間は基本的に頭さえ入れば何処にでも逃げ込める事と、有能な特殊個体のリーダーが率いていた事が主な要因だった。
しかしこの度、ゾルダンディーや各地の手を借りて棒人間パンツァー部隊を捕捉。そこから執拗な追跡と駆除を経て少しずつ数を減らし、ようやく騎士団支部がある街へと追い込んだ。
その知らせをスター達は駅が三つ離れた農村で受け取った。そしてすぐ現場へ急行した。
五分後、街の駅へと到着した。事前に発現していた盾手裏剣の運搬を団員達に任せて集合場所へと向かう。
既に住民の避難は完了しているようで、規制線を抜けた先には太陽の騎士団しか見当たらなかった。
「良し、来たな」
設置されたカーキ色の野外テント内でカインが迎え入れた。オーハマーとエーテルの姿もある。
「早速だがブリーフィングに入る。先程、街の一画で奴らを包囲した。もうここでケリを付けたい」
中にいた団員達と共に中央にあるデスクに広げられた街の地図をスター達三人も覗き込む。
現在地から北東の空間が赤丸で囲まれている。そこが棒人間達が抵抗する場所だ。
「数は約三十ほど、物資の方も残り僅かなはずだ」
「リーダーの特殊個体はどうなの?」
「依然として戦意は衰えず健在だ。カクナンシの剣も持ったままでな」
「そう、連携もあるし厄介ね」
カインの返答にヴァニラは嘆息した。これまでの衝突で戦闘能力の高さは思い知っている。
アルスが地図を眺めながら口を開いた。
「膠着している場所は住宅街のようですね。中心の広場は……」
「墓地だ。四角で区切られてる」
「確認ですが人質の有無は?」
「避難は済んでいる。そもそも悪性、問題なし」
「ならば砲撃による殲滅も一つの手だと思いますがそれについては……?」
アルスの発言をカインは手を振って否定した。
「家ってのは汗水流して得た金で建てる人生の一代イベントだ。過ごした思い出もある。初手全部ぶっ壊すのはちょっとな。あくまで最後の手段として損壊程度の被害で駆除したい。……まあコミタバが介入してきた場合は話は別だ。今言った事を全部無視しろ」
「なるほど、そこの線引きはしっかりとされているのですね」
「奴らの抹殺は最優先事項だからな。見つけ次第殺せ。ヴァニラも遠慮なくアノマリーして良いぞ」
「言われるまでもないわよ」
復興際を台無しにされた恨みは全く癒えていない。今までの積もり積もった恨みも消えていない。
コミタバの壊滅は太陽の騎士団の悲願。テント内にいる全員がその気持ちを共有した。
「で、だ……」
カインがテントの横幕を開いて外の様子を確かめた。気温が低くなったと思ったら細やかな雪がぱらぱらと降り始めていた所だった。
外に置かれたドラム缶簡易ストーブに木材が追加され待機していた仲間が暖を取っている。
「何か効率的に攻略できる方法はあるか? ないなら数の暴力で駆除する事になるが」
少し先で包囲した境目で膠着状態の仲間が指示を待っている。降る雪は若干勢いを増し止みそうにはなさそうだった。
再びアルスが発言した。
「このまま正攻法で戦闘した場合、ハートボイルド棒人間が前に出てきますよね?」
「ああ、血路を開くために出てくるはずだ」
「それを私が対処します。結界呪文内に私ごと閉じ込めて」
「結界呪文? お前、発現できんの?」
「ええ、結構硬めに」
「どんな結界呪文?」
「バルガライの結界呪文です。棒人間のリーダーを分断後、統率が乱れた個体を撃破してください」
○○○
アルスの意見を元に作戦を練った後、時間を置かずにスター、ヴァニラ、アルスの三人は包囲内に突入した。
しんしんと雪が降る中、目的地である中央の墓地を目指して一目散に駆けていく。
今作戦は内と外からの同時攻撃だった。墓地に到着次第、スターかアルスが呪文を唱えてそれを合図とする。
目標の特殊個体が突入組を排除しようものなら結界呪文で閉じ込めて撃破する。バルガライの結界呪文はその大きさから遠目でも視認できる。包囲外にいる騎士団は黒紫の球体を見て行動を開始する。
逆に排除しに来ないのならヴァニラの氷の兵隊を発現し数を増やし、スターが上空に爆裂剣を爆破し内から攻め立てる。騎士団はどちらでも構わなかった。
果たして、目標がこちらの手に対してどう対応するかは分からない。だがこれまでの戦いから目標が有能なのを騎士団は理解していた。状況判断が優れているため今日まで群れを生き残らせている。きっと内と外の同時攻撃を察知して排除しに来ると思われた。
三人は細い路地の石畳の地面を走り抜け、住宅部分に潜む棒人間から放たれるロケットランチャーを二度防ぎ、車が通行できる開けた空間に躍り出た。
その先に黒い細長の柵で周りを囲んだ程々の広さの墓地があった。背の高い枯れ木に見下ろされた十字や長方形の墓石が整然と設けられている。
標的の棒人間はその墓地で待ち構えていた。墓地の真ん中付近に絵に描いたラクガキのような黒剣を地面に突き刺している。カクナンシの剣。更には背中に纏う白マントは防御にも使用できる。
太陽の騎士団は、悪性化により白い頭部が真っ黒に染まり切ってしまったハードボイルド棒人間と相対した。
ヴァニラが言った。
「目標発見。数の暴力で一気に押し切るわよ」
「ああ。だがその前に、アルス」
「はい。コルチド・ララカ・バルガライ」
祈るように合わせたアルスの両手から黒紫の球体が発現された。それはすぐに上へと浮かび上がり弾けて消える。
その瞬間、辺りは薄暗くなり半球体の黒紫に墓地はすっぽりと覆われてしまった。まるでレストランの料理に被せられる蓋のようだ。だが実際は地面を貫通して球体の中にいる。
バルガライの結界呪文。それはアルマンが使った時に見たものと同じ呪文だった。
「グリッド・ビィ・フロスト」
宣言通り、ヴァニラが氷の兵隊達を発現して味方を増やした。この閉じ込めた空間内で撃破する。
結界の外では騎士団が攻勢を開始したようだった。バルガライの呪文使いを軸に棒人間達との戦闘音が遠くから響いてくる。
「……………………」
しかし目の前の棒人間は微動だにしなかった。変わらずカクナンシの剣を地面に突き刺したまま正対し、静かにこちらを眺めている。
直前の結界呪文にも反応は示さなかった。その姿に隙はない。が、何故か殺気も感じない。
三人はすぐにでも反応できるように、攻め込まず敵の一挙手一投足に注意を払う事にした。
カクナンシの剣は呪文で現れ出る最初に触れた棒人間だけが扱える棒人間専用の剣で、棒人間の想像であらゆる武器へと変容する。
時には大鎌や大槍やハリセン。腕に巻き付けて大型の筒に変容させての空気砲もかましてくる。
その威力は凄まじく使い手の力量も相まって脅威的の一言だ。騎士団はその破壊力を身に染みている。
棒人間は依然として動かない。悪性なのに殺しに来ない。
その異様さに戦闘の火蓋を切れずにいた。
「……っ、まずいっ!?」
不意に、棒人間が首を動かしよそ見をした。その行動の意図を察したアルスだけが息を呑み、スターとヴァニラの腕を取り全力でその場を離脱する。
その直後、地面から無数のラクガキ黒剣が鋭く抉るように生えてきた。離脱が遅れた氷の兵隊達が串刺しになってしまった。地面に刺していたカクノンシの剣の先端を変容させ地中から攻撃したのだ。
「くっ、こんな事もできるのね……!」
これが棒人間の狙いだった。そして意識外の攻撃で隙が生まれた三人を仕留めようと棒人間が速攻で突っ込んで来る。
引っこ抜いたカクナンシの剣を超巨大なハンマーに変容、振り上げて思いっきり振り下ろした。
「エクス・ライズン!!」
それを素早く体勢を立て直したアルスが肉体強化の呪文で弾き返した。右アッパーとハンマーの大仰な衝突音が響き渡り、棒人間は反動で吹き飛ばされていく。
アルス・リザードは人間創造のアノマリーで発現され、この世に百年以上生きている呪文人間。最近は元気がないが先程の結界呪文といい戦闘能力は高い。
「無事ですか? 二人とも」
そのアルスが綺麗に着地した棒人間を注視しながら声を掛ける。スターはその経験を頼りにするべきだと考えた。
「まあ、乱暴だったけど一応礼は言っておくわ。ありがとう」
「無事で何よりです」
「それでどう戦う? まだ変容のバリエーションがあるかもしれない」
「当初の作戦通り問題ないかと。私が前に出ます」
アルスは端的に言った。
「彼はもう、詰みだと理解している。奇襲の失敗とこの状況から諦観の気持ちが見て取れます」
「……私は、見て取れないのだけど。スターは?」
「いや、全く」
「おそらく、賭けだったのでしょう。だから湧き出る殺意を必死で隠して仕留め突破口にしようとした。しかし不発に終わった。後は数の暴力で押し切るだけです」
ハードボイルド棒人間は外の様子を気に掛けていた。騎士団の戦況は順調に進んでるらしく、戦闘音は徐々に接近して来ている。
それは群れの仲間達が駆除されこの世を去っている事を示していた。
「カロン・ニカ」
アルスが肉体収納化の呪文で拳銃を取り出した。それを見た棒人間がピクリと反応する。
「このまま目標の意識を散らして早急に倒しましょう。戦闘再開です」
そう言ってアルスは右手に拳銃を持ったまま突撃した。指示通りヴァニラが再度兵隊を発現し、スターもアルスを補佐しようと後に続く。
そして程なくして、ハードボイルド棒人間は駆除された。数十体の氷の兵隊と上澄の呪文使い三人よる攻撃には流石に抗えなかった。
死体の状態を確認しカクナンシの剣の消滅も確認した。
後は残りの棒人間を駆除するだけだった。結界呪文を解除して内からの攻撃を加える。
前後の挟撃に残りの個体が対応できるわけがなく、彼らは皆この世を去った。
太陽の騎士団は棒人間パンツァー部隊の駆除任務を完了させた。
時は過ぎ、プラチナがゾルダンディーに帰ってから三ヶ月が経過した。
コミタバの復興際襲撃の後始末も終えて、また再び太陽の騎士団は活動を再開させた。
コミタバの殲滅、悪性召喚生物の駆除、情報収集、各地の困り事の解決。
今までと変わりなく淡々と日々は過ぎ年を越した。
その合間合間にスターは引き続き探しものをしていた。それは即ち、クレアの発見とサニーが謝った理由。しかしその二つは未だ見つかっていない。
だが手掛かりはないわけではなかった。当時の事を知る彼女と話をすれば何かが分かるかもしれなかった。
レア・ヨンドウ。同じ孤児院にいたスターの家族。今も騎士団本部の地下牢に幽閉されている。
しかしスターは彼女の元へ足を運べていない。
三ヶ月は経過したが、レアと対面するのにはまだ心の準備が必要だった。




