【第九話】『吐肝露胆』
「バゴッ!!」
『ふごォ』
「ゴゴ〜ン」
『んでっ!』
『ナイスブロック!来問〜!』
サッカーボールが顔面に直撃した。
午後イチの授業は体育で、種目はサッカーだった。
僕は全く出来ないわけではないが積極的でもないので、いつもゴール前でディフェンス担当だ。
ボーッとしてたせいで相手側のシュートに気づかず、奇跡的にシュートコースで棒立ちしていた僕は、顔面ブロックによるディフェンスに成功。
その勢いで後ろにのけぞりゴールポストに後頭部直撃のハイレベルなプレーを披露した。
『大丈夫か?来問!』
最前線で奮闘していた縁が猛スピードで戻って来た。意外に優しいやつなんだよな。
『ん、いったぁ』
顔をぬぐった手の甲が、真っ赤に染まった。
『だいぶ血出てるな。保健室行くか?』
『ああ、だいじょう・・』
後ろにひっくり返った。
ゴールポストに頭を打ったせいか、脳震盪を起こしたらしい。
『よし、俺が連れて行こう』
こうして僕は汗だくの縁に担がれて保健室へ行く運びとなった。
ウチの学校は、昔からグラウンドでの運動や部活動で怪我する学生が多かったらしい。
その為、PTAからの要望により保健室に外から入れる入り口部分が増設されている。そこには軽く消毒ができるような洗い場や長椅子、応急箱もあるちょっとした小屋のようになっている。
学生はそこを『緊急外来』と呼んでいて、先生達にも浸透した。
縁はその緊急外来に運びこもうとしてるんだろう。サッカー用のコートからテニスコート脇を通って向かっている。
肩で担がれてる僕は、テニスコートサイドで順番待ちしている暇な学生の目に留まる。頼むから見ないでくれ。
『あっ!縁くん?』
後頭部から本井さんの声がした。
僕は折り畳み状態で縁の腰あたりに頭がぶら下がっていてよく見えない。
『ハイッ!』
縁がすごい勢いで振り返ったせいで、さながら振り返った女子学生のスカートのごとく僕が舞い上がる。
『・・と来問くん!』
僕としては、非常に見られたくないタイミング、そして格好で発見される。
『ハイッ!来問が怪我したんで、緊急外来に・・!!』
『え?大丈夫?来問くん・・
鼻血出てるよ?それにその格好じゃ頭に血が上るから余計でちゃうんじゃない?』
縁〜!
息がつまると思っていたが、確かに頭下向きは駄目だろう。
一旦降ろしてもらおうと、縁の背中をバシバシ叩くが、反応しない。
無理やり体をよじって飛び降りて
『どうしたんだよ縁・・』
立ち上がりながら言いかけて、目の前に本井さんをロックオンした僕はハッと縁の顔を見た。
恍惚の表情で鼻血を出してる!
まさか本井さんがただの授業にも関わらず「テニスウェア」を着てるとは想定外。さすがコスプレ先輩だ。
男2人、テニスコート脇で鼻血出してたらただのヤバいやつじゃんか。
縁を置き去りに保健室へ向き直ると、
『あっ!今はまだ保健室に行っちゃダメ!』
何故か本井さんに止められる。
『男子なんだから鼻血くらい気合いで止まるでしょ?あれ?何で縁くんも鼻血出してるの?』
コスプレ先輩、アンタのせいだよ!
にしても、保健室に行っちゃ駄目な理由は何だ?
『どうして保健室に行っちゃ駄目なんです?』
『それは・・あ〜もう仕方ないですね。』
『先生!後輩が2人流血しちゃってるんで、保健室に連れて行きます!』
『おう!授業終わるまでには帰ってこいよ、本井〜』
『はーい』
振り返って保健室側を指差すコスプレ先輩。
『さっ、行くよ!2人とも』
『ハイッ❗️』
『はぁ・・』
そして、場所を知らない本井さんに変わって結局僕が先を歩くことになり、その後ろに本井さん、その後ろに縁という謎陣形。
緊急外来の前に着くと、本井さんが
『あ、縁くん、来問くんは授業中には戻れないって体育の先生に伝えて来てくれる?』
『ハイッ❗️喜んで❗️』
謎テンションのまま縁は光の速さで消えた。
『さて、と。来問くんにはまず説明しなきゃだね。』
『手短にお願いしますよ。』
僕は忘れさられた鼻血の手当を自分ですべく救急箱を棚から下ろした。
『私が噂を流した、あの件なんだけど、実は』
『その話、今必要ですか?』
『必要です!』
珍しく真剣な表情のコス・・本井さんに、こちらも姿勢を正した。
『あの噂の中に出てくる消えた建物、実は一軒家だったんだけど、消える前にそこに住んでた人が、噂を聞いてその現場を見に行ったの。
そしたら、そこで記憶に亀裂が入って上書きされる前の記憶を引き戻してしまって、記憶障害になってしまった。』
・・ん?待てよ?
『その話ちょっとおかしくないですか?だって、記憶が書き換えられた人は、前の記憶がないはずなのに、元住んでた家を覚えてたんですか?』
本井さんはちょっと気まずい顔をしてから覚悟を決めたようにゆっくり話し始めた。
『記憶は書き変わっても完全には失われていないの。元の記憶は、記憶領域の深層に追いやられて、鍵をかけられている。そして普通なら、その鍵が開くことはない。』
眉間にシワをよせ、少し間をおいたのち、目を閉じながら懺悔するように本井さんは言った。
『・・でも、普通じゃない状況を私が作った。
「真実の噂」
という「鍵」を不特定多数の人に流した。』
真実の噂・・
僕にはその意味がわかった。
その噂は、2つの矛盾した事実と記憶を結びつける情報。
僕たちは想像すらしていなかった、自分が体験した現実と造られた現実。
事実に基づく記憶と事実を隠蔽する記憶の存在を。
でも、それを聞いたぐらいで記憶が戻ったりするのか?
『記憶ってね。時が経つと忘れてしまうでしょう?でも、ふとした拍子に思い出すことがある。それは、その『記憶の鍵を頭に思い描いたから。』
記憶の鍵・・
言われてみれば、街中で流れて来た懐メロがキッカケで昔の思い出が蘇ったり、公園のブランコを見て、小さい頃一緒に遊んだ友達を思い出したことがある。
つまり、記憶と密接に関係する『何か』が鍵になるわけか。
『その人にとっては「住所」がそれだったんだと思う。』
『それだけなら、住所だけなら本来は何も起こらない。
でもそれに付け加えて「そこにあったものがなくなった」という変化を裏付ける情報がついたことで、彼女の記憶の扉が半分開いてしまったの。』
そして彼女はその場所に駆けつけ、それを見た時、意識が混濁して倒れた。
と本井さんは語った。
『当時、私は管理課にいて「私が流した噂」によって記憶に異常が発生した人が現れた事を知った。
すぐにその「噂」を削除した。でも、彼女はすでに記憶と噂が「鍵」によって紐づいてしまっていたから、「噂の情報」と一緒に「元の記憶」も消えてしまったの。』
・・管理課にいた?
記憶が消える・・記憶喪失って事か!
本井さんは話を続ける。
『過去に事例がない異常事態で、対処方法がなくて、マニュアル操作で記憶を何とかしなきゃいけなかった。
そして、何とか彼女の記憶を取り繕って、意識を取り戻したその結果が今の状態なの。』
僕達が今までどんな風に記憶を操作されてきたのか、その一部が見えた気がする。
『それが音無先生の過去が僕の記憶と違った理由ってことですか』
『そう・・
でも、今の状態は安全ではないし、あるべき姿でもない。
だから力を貸してほしいの。』
いつになく弱々しい本井さんからの、真剣なお願いだった。
『力を貸すって・・僕に何が・』
『ハイッ❗️この「縁 夏実」、全力全開❗️誠心誠意❗️力の限り手伝います❗️』
『ハッ!?』
縁!いつの間に戻ってきた?
『縁、お前いつから戻ってた?』
『愚問だ来問❗️俺の足の速さを知らんのか?』
げっ!マジで最初の方から聞かれていたか?
『俺は本井さんの「力を貸してほしい」っていう心の叫びを20mほど手前で感じとってきたぞ❗️』
足速くねぇじゃねえか!このスケベ耳が!
それに見ろ!
本井さんが感情丸出しで真剣に力借りたい話してたのに、こんな空気持ち込むから何とも言えない顔してるだろ。
まあ、言わないけど。
『縁、まず落ちつけ!僕らは肉体労働頼まれてるんじゃないんだぞ?』
今僕達は緊急外来にいるが、僕ら男2人に応急処置の必要はなくなった。
(1人はただのアホだが)
でも、本井さんから協力を求められてる話はまだ終わってない。
『話を戻しますけど、それで僕らは何を手伝うんです?
あ、いらないなら縁は自宅に帰しますから』
『来問ィィ❗️』
猛烈な熱気を吹き出しながら荒れ狂う縁を横目に、本井さんをみた。
ちょっといつもの本井さんに戻ったかな。
『もちろん、縁くんにも手伝ってもらいます。
でも、それは今じゃない。放課後にまた続きを話しましょ』
『ハイッ❗️』
本井さんのちょっと「やれやれ」な雰囲気の表情の後ろでチャイムが鳴っていた。
本井さんと放課後待ち合わせる事になり、一度解散した僕たちは今、更衣室に来ている。
次の授業に入る前に着替えないといけないからな。
『いやぁ、ホントラッキーだよ❗️』
『何がだよ』
『お前と本井さんが付き合ってるかもしれないって噂があったから、お前をつけてたんだよ。
そしたら、本井さんと話す機会どころか、頼まれごとまでされるとは❗️あの時の俺の決断は正しかった❗️
・・ところでお前、ホントに付き合ってたりしないよな?』
『んなわけあるか!』
・・にしても噂か。
今まで学校に存在してない人と付き合ってる噂なんて、犯人1人しか思いつかないんだが。
もしかして、これで縁が釣れる事を計算しての噂だとしたら、さらにコスプレも計画のうちなら侮れないな、コスプレ先輩。
『縁、本井さんからの頼まれごと、まだ中身は聞かされてないけど結構ヤバいやつかもしれないぞ?』
『どうした来問、怖気付いたか?たとえお前が逃げても俺は逃げないぞ❗️お前の分までしっかり任務を果たして来るから安心しろ❗️』
お前は将来、絶対に自衛隊行け。
『お前は本井さんと2人きりになりたいだけだろ!』
『・・あのう、更衣室使ってもいいでしょうか?』
1年生ぽい学生が恐る恐る話しかけてきた。
まずい!もうすぐ次の授業が始まる!
『縁、急ぐぞ、次は歴史の時間だ!』
『何だと!?それはいかん❗️』
それはいかん❗️って、時間割で最初から決まってるだろう。
縁、お前ってやつは。
教室に着いたが、授業はすでに始まっていた。
『・・すいません。保健室行ってて、今戻りました。』
僕は恐る恐る歴史の先生に報告する。
『む!戻ったか!
まだ授業は始まったばかりだが、ここまでの内容は後で聞いておきなさい。
最初に戻って授業やり直すのは時間をロスすることになる。
別にお前たちを嫌ってる訳じゃない。既に内容を聞いた他の学生には無駄な時間となるし、授業の進捗が遅れてしまうからな。』
『先生、まだ教科書の内容としては4行しか進んでないので、最初から始めても大きな影響はないと思います。』
クラスメイトの半次が意見した。
彼は全ての学科のトップをいく、絵に描いたような優等生。
ただ、よくある委員長ポストではなく、部活もまさかの帰宅部な為、友達も多く人気なのだ。
『たしかに、4行しか進んでないかも知れないが、その4行には収まりきらない情報をワシの口から伝えたはずだ。教科書の通りに進めるだけなら教師はいらん。』
『では、尚のこと先生の授業が必要だと思います。』
半次が歴史の先生に勝利した。
歴史の授業はいつもこんな感じだ。
何か授業中にイベントが発生すると、長い説法みたいなのが飛ぶことになり授業時間が大幅に遅延する。
今日は半次がうまく中断してくれたから良かった。いつもならあのトークが立ったまま15分くらい聞かされる。
『2人とも速く座りなさい。授業を始めるぞ!』
『ハイッ❗️』
縁、お前はいつも通りだな。




