【第十話】『行雲流水』
本日の長い長い学校生活が終わりを迎えた。
一緒に授業を受けたクラスメイトも、ここからは皆それぞれ目的が変わる。
部活に行く者。
帰宅する者。
バイトに行く者。
告白イベントでドキドキが止まらない者。
校舎に残り目的もなくウロウロする者。
そして謎のコスプレ先輩と待ち合わせする者。
『よし❗️行こうか来問❗️』
『仕方ない、行くか〜』
後ろから「ガシッ」と肩を掴まれた。
『来問!お前今日から掃除当番だろ!』
あ、忘れてた。
『すまん縁、先に行って説明しといてくれ!』
『おう❗️任せておけ❗️』
縁は秒で視界から消えた。
さて、仕方ない。掃除当番はサボっちゃいけないやつだ。
本井さんには悪いけど、待ち合わせには遅刻させてもらいます。
・・・遅刻なのかッ❗️
遅杉のサムズアップを空に浮かべながら僕は窓の拭き掃除を始めた。
キレイになっていく窓ガラスとその向こう側を眺めながら、いつもの思考モードに切り替わる。
さっき、緊急外来で本井さんから聞いたこと。
なんかありそうであり得ない、あってほしくない、そんな事実とは認めたくない話だった。
記憶は鍵とともに在り、奥へと追いやられた記憶は、鍵なしでは開けない。
その鍵すら意図的に見つける事は難しい。
音無先生の記憶。
本井さんによれば、その記憶は「真実の噂」とともに消えてしまった。
その記憶はどうやって取り戻す?
何か策があるんだろうが、大丈夫なんだろうか。縁や僕に、力になれる事があるんだろうか?
『来問〜、もうその窓は1000%輝きを取り戻してるから、今度は床にその愛情をそそいでくれ〜』
ぼーっとして、我が肉体はひたすら同じ窓を磨き続けていたようだ。
そういや、放課後待ち合わせって言われた割に、時間と場所は聞いてなかったな。
縁はどこに向かったんだ?
まあ、アイツの事だ、時間はともかく、変態スキルで本井さんのところには辿り着くだろう。
来問が考え事をしながら掃除をしていた頃。
【緊急外来】
『縁くん、来てくれてありがとう!
・・来問くんは?』
『ハイッ❗️アイツは掃除当番なので、終わってから来るそうです❗️』
『・・そうなんだ、ありがとう』
(来問くんが来なきゃ始まらないじゃない)
『大丈夫です❗️来問がいなくとも、この俺が2人分でも3人分でもやり遂げますよ❗️』
『・・ありがとう、気持ちだけいただいておくね』
(来問くん、早く来て〜)
本井諭実は何とも言えない作り笑顔で冷や汗をかいていた。
(よく知らない男子と2人きりって、私にはハードル高いんですが!)
お願いだから来問くん早く来てよ〜!
・・・
『来問〜、そこの床もういいよ〜、ワックス汚れだから落ちないって』
『いや、ここまで積層化してるなら、むしろチャンス。スクレーパーで削りとる事が可能だ!』
『来問ってさ〜別にキレイ好きじゃないくせに、気になったら徹底的にやるよね』
『そうそう、ああなったらもう止まらないやつ』
『来問モード突入だわ』
なんか、周りの女子達に散々言われてるが知ったこっちゃない。僕はやりたいようにやってるだけだし。
何かに夢中になる時って、自然とそうなるっていうか、気づいたらなってるものだと思う。
「今なら夢中になるぞ!」って意気込んでなるものじゃない。
放課後、時間的に解放されて他に予定がないからこそ、夢中にもなれるし集中して没頭でき・・
『しまったぁあああ❗️』
びっくりした、予定あった!
縁並みの声を出した自分にまたビックリして後ろによろけた。
ひっくり返って教室の天井を仰いだ。
『いやぁ、良い声出てたねぇ来問くん、元気そうで何よりだよ』
『うわぁぁ❗️』
3度ビックリしたところで、僕の思考と放課後は停止した。
『来問くんて、私との約束を忘れちゃうくらい掃除大好き男子だったのかな?』
『あっ、あの・・すいませんでした』
美人の笑顔から受ける「圧力」がこれほどのものだったとは!
謝る他に道はなかった。
そして、掃除当番の同志達はそそくさと掃除用具を片付け、静かに解散していった。
裏切り者!
『掃除も終わったみたいだね。今度こそ私のお願い、聞いてくれるかな?』
『ハイッ❗️喜んで❗️』
背後から悪意のない宣誓を浴びせられた本井さんは、美人をやめたかのような困り顔をして
(早く私をアレから解放して!)
と、小声で僕に懇願した。
『ま、まずはどこかで作戦会議でもしましょうか。ここだと目立ちますし・・』
『そ そうね!ひとまず移動しましょうか!
・・えーと、縁くんも』
本井さんがゆっくり振り返りつつ縁に話しかけると
『ハイッ❗️地の果てでもついていきますッ!』
本井さんの背中に何かがグサっと刺さったような幻覚が見えた。
『はぁ、縁〜いい加減わかれよ・・
お前のその暑苦しい返答で本井さんが体調くずすぞ?』
『何だとォ⁉️
本井先輩、そうなんですかッ⁉️』
本井さんは縁に背を向け、猫背の姿勢でそろそろと右手を上に上げた。
『うぉぉぉぉ⁉️
何という事だッ❗️
悪気はなかったとはいえ、憧れの本井先輩に精神的負担をかけていたとは⁉️
縁夏実、一生の不覚ッッ❗️❗️』
いや、そこだよそこ。
脱力しろ、全力で脱力しろ。
『縁、今からお前は声の大きさ95%オフな。』
満身創痍の本井さんの背中を押して、僕は教室を出た。
そこから、本井さんと縁のコミュニケーションレベルについて僕が仲介役となって調整を行い、やっと本題に向き合う頃には日が暮れ始めていた。
僕は何をやらされているんだ?
何とか調子を取り戻した本井さんはグランドに設置してある鉄塔作りの時計を見て、ハッと何かに気づいたかのように話し始めた。
『もたもたしてるとタイミングが合わなくなるから手短に話すね。』
いよいよ作戦説明か。
『2人ともよく聞いて。これから私達は音無先生の失われたものを取り戻してもらう為の極秘作戦を決行します!』
失われたもの?音無先生の過去の記憶か。
『2人に手伝って欲しいのは、思い出探し。
来問くんには「鍵」を、縁くんにはその鍵がピッタリはまる「扉」を見つけてもらうわ。』
ん???
作戦内容がピンと来ないぞ?
『それで、これからやる事について、今は深い話を説明できないの。そして常識では信じ難いことをするけど、どうか最後まで付き合ってほしい。』
私1人では成し遂げられないから、と彼女は言った。
『これから音無先生の記憶領域をアンロックして、その中にアクセスします。
来問くんはそこに入って、手当たり次第、記憶のカギを拾ってきてもらいます。』
『縁くんのミッションは、来問くんがカギを持ち帰ってからになります』
『えっ!?記憶の中に入るってことですか?
どうやって・・』
『今は説明できないって言ったでしょ!
ほらもう時間ないから保健室に入るよ!』
手を握られ、緊急外来の扉から保健室に連れ込まれる。
ガチャッ!
保健室の中には無表情の音無先生と、この緊迫した空間に相応しい人が立っていた。
『やあ、来問くん、待ちくたびれたよ。
こっちは準備万端、後は君の働き次第。
・・心の準備は出来たかい?』
答える時間は与えないと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて、サングラスの男は音無先生に目を向けた。
そのまま、意識なくボーッと立っているように見える音無先生の後頭部付近に手を伸ばし、空中で何かを掴んで手首を捻るようにまわした。
その瞬間、僕の記憶にあるあの白い光とともに視界から全てが消え去った。
次に僕が見たのは、一面オーロラのような光に照らされた果てしない空間だった。




