【第十一話】『堅忍不抜』
真っ暗なようで、虹色に輝く見た事のない景色。
その景色を認識した直後、僕の体は「落下」している事を認識した。
『うわぁあああ‼️』
ドスッ
『・・いてて』
地面に落ちた感じがしたが、思ったほど痛くない。
(無事に着陸できたみたいだね♪)
頭の中にサングラス男の声が聞こえる。
(周りに何か見えるかい?)
周りを見回した。
足元は砂漠のような感じで一面平坦な砂場が広がっている。
『・・んー、あっ!』
殺風景の中、空中に窓のようなものがいくつか浮かんでいるのを見つけた。
『窓みたいなものがいくつか浮かんでます!』
(それは、音無萌音の現在の記憶だ。)
(普通は窓だらけで空が見えないほどなんだが)
今の僕に見えるのは3つ・・4つか・・
片手の指で数え切れるほどだ。
『4つしかないです』
(それが、今の音無萌音が思い出せる記憶の数なんだ。)
記憶を失うという事を、視覚的に理解する時が来るとは思いもよらなかった。
1番そばにある窓を覗いてみる。
音無先生が、保健室で学生と話している。
楽しそうだけど、何だろう。笑顔が虚ろに見えてしまう。
もう1つ覗いてみる。
すると、今度は私服の音無先生だ。
鏡を見ながら服を選んでいるようだ。
何着か合わせた後、掴んだ服を見て表情がこわばっている・・?
『・・⁉️』
音無先生が何かつぶやいてる。
『こんな服、買った記憶ない・・』
そのままへたりこんで頭を抱えて倒れ込んだ。
これが、本井さんが言っていた『症状』か!
(彼女は今、昔を思い出そうとする度、激しい頭痛に見舞われる。当然だ、本来あったはずの記憶がないんだから。)
(さあ、急ごうか。君の仕事はその先にある)
先?
『うあっ⁉️おおぉぉぉお‼️』
言われた途端、地面の砂が崩れ始めた。
(今、音無萌音の深層領域を「アンロック」した)
アンロック?本井さんも何か言ってた気がするが、それどころじゃない!周りの砂が崩れながら僕を中心にすり鉢状になっていく!
(その地面の向こう側が深層領域だ。さっちゃんから聞いただろう?)
(その先はまだ僕らも知らない、まさに未知の領域だが、必ず記憶の扉とカギがそこにはある。)
何か言われてるがこっちは昆虫図鑑で見たアリ地獄さながらの恐怖を体験中だ!考えてる余裕はない!
(来問くん、音無先生を助けて!)
本井さんの想いだけはしっかり頭に響いた。
そして僕は何も見えない暗闇に落ちた。
・・・
何だ?
ここは、どこだ?
さっきの場所からさらに下に落ちた感覚はあった。だけど何も見えないし、音もしない。
自分がいることすらわからなくなりそうだ。
『(本井さん!何も見えないです!)』
出したはずの声が聞こえない。
本井さんやサングラス男の声も聞こえない。
何も感じないせいで自分の体の感覚がなくなりそうだ。
立っているのか、寝ているのか、浮いているのかもわからない。
皮膚の感覚がない。
手足の感覚もない!
僕はいつからここにいたんだ?
頭がパニックになりそうだ
呼吸が浅くなっていく
苦しい・・
怖い・・
ここから逃げたい
誰か助けて
・・・
・・
・
どうした来問、怖気付いたか?
たとえお前が逃げても俺は逃げないぞ❗️
お前の分までしっかり任務を果たして来るから安心しろ❗️
・・・意識を保て❗️
ここは普通じゃない場所なんだ!
そういう事に僕は関わってきた!
サングラスの男にあった時、日常じゃありえない事を目前に、恐怖どころか突っ走ったじゃないか!
今の僕は常識の外の世界にいる!
何があってもおかしくない。
考えろ!
ここはどこで、僕は何でここにいる?
ここは、記憶の奥底。
確か深層領域って言ってた。
僕は、何でここに来た?
・・本井さんに頼まれた。
何を?
・・音無先生を助ける手伝いを。
音無先生‼️
その瞬間、暗闇が泡の如く消え去り、体の感覚が元に戻った。
僕は地面に四つん這いになっていた。
全身にブワッと変な汗をかく。
一旦深呼吸して落ち着くんだ。
少し離れた先に、赤くて弱い日差しを感じる。
秋の夕暮れを思わせる一個のランプが地面に半分埋もれた状態であたりを照らしている。
徐々に僕自身が動き始めた。周囲を観察して、情報収集する。
僕の周りには、無数の様々な色と形をした扉が野放図にちらかっていた。
自分の体に異常がないことを確認し、ゆっくりと立ち上がった。
視覚や感覚は戻ったが、やっぱり音だけは聞こえない。
ここはそういう場所なんだと自分に認識させ、ランプの場所に向かう。
あたりを照らしているのは、存在そのものが弱々しく感じられるこのランプだけのようだ。
1日の終わりを告げるような光。
旬を過ぎたと言えばいいのか、役目を終え静かに終わりを待っている、そんな光だ。
ここにあるであろう、音無先生の失われた記憶を象徴しているかのように思えた。
僕の役目は、その失われた記憶のカギを見つけて、できるだけ沢山持ち帰る事だ!
とりあえず、ランプを地面からゆっくりと引き抜いた。周りを見渡すと無数に扉はあるが、カギが見当たらない。
・・!
思わず振り返った。
何も聞こえないはずなのに、何かが崩れていくような音を『感じた』からだ。
振り返ったその先にあった扉は、音もなく埃を巻き上げ、灰となって消滅した。
その舞い上がった埃の中から一瞬、光り輝く何かを見た。
恐る恐る歩み寄り、光った場所の灰を掘ってみると、その中からカギを見つけた。
『これか!』
手にとって見ると、弱々しくも光輝くそのカギは、まさに最後の希望のように思えた。
すると、そのカギの誕生に呼応するかのように周囲の扉が次々と崩れていき、それぞれのカギを生み出していた。
わわわちょっと待って!そんな一気に灰の中に隠れちゃったら見つけるの大変だから!
そして、あれだけあった扉はひとつ残らず灰となり、僕の前にはただただ白い砂漠の夕方だけが残った。
・・・
・・
最後に見た、無数の扉があった場所を記憶を頼りにひたすら歩き回った。
そして灰の中から手探りでカギを救出する。
よく見ると、カギひとつひとつが異なるデザインをしており、大きさや色、輝き具合までがユニークだった。
見渡すと扉がなくなった景色は、方角すら感じさせない平坦な白い砂漠が延々と続くのみ。
目が慣れてきたのか、カギが放つ微弱な光を感じ取れるようになり、いくつあるかもわからないそれをひたすら探してまわった。
何の変化も感じられないこの空間で、どれだけの時間が経っただろうか。
あらかた探し終えた感のある僕は、ここからどうやって帰るのかを聞いていなかった事に今更気づく。
足元にランプを置き、真っ白い地面に大の字に寝転がった。
『さて、これからどうしようかな』
空なのか天井なのかわからないが、とにかく上を見つめる。
気のせいか、先程より周囲が暗く感じる。
まるで日が暮れて夜になるかのようだ。
ハッとしてランプに目をやる。
さっきまでに比べて灯が弱くなっている!
みるみるうちに光が小さく、弱くなり。
ランプと共に空は暗転した。
僕は再び暗闇の中に放り込まれた。
しかし、先程のような動揺はない。
縁よ、僕は自分の仕事をきっちりやり切って、お前にバトン、もといカギを渡すからな!
そんな事を暗闇の中、目を瞑って考えていたが、急に瞼の外に光を感じ、そっと目をあけた。
『おかえり、来問くん』




