【第三十五話】『艱難辛苦』
バタン!
『来問くん❗️来問くん⁉️』
部屋には誰もいない。
『・・やられたね、完全にこちらのミスだ。』
本井諭実は声もなく項垂れた。
テーブルの上には、見覚えのあるレインコートが無造作に投げられている。
『もう隠す必要も無いってことか・・』
法綱は冷静に部屋の痕跡を調べていた。
室内に荒らされた形跡はない。
さっちゃんが部屋を出て戻るまでの時間は1、2分程度だろう。
その間に来問くんを説得して連れて行ったとは考えにくい。
さっちゃんが来るのを待って話を聞こうとするはずだ。
となれば、何か行動する間も無く拘束された可能性が高い。
あのマサシくんであれば来問くんに物理的な危害は加えないだろうが、目的が気になる。
ベッド周りには・・何もないか。
『来問くんのスマホは無いようだ。
彼が持っているなら、僕らに連絡を取らせる道を残したという事も考えられる。
あえてそうしたとも取れるが・・。
来問くんを連れ戻すチャンスはまだある。
落ち込んでる暇はないよ。』
『ぐしっ・・おぢごんでなんかないれす』
『よし、まずは僕の不在間に何があったのか詳しい話を教えてくれ。』
・・
・
・
【来問 真サイド】
意識が戻った。
何度目だよ、気絶させられたの。
流石に僕でもこの流れには適応できてくる。
まだ目を開けてはいない。
周りに誰かいるなら、目覚めた事に気づかれない方が色々準備もできる。
・・どこだ?ここは。
このひんやりした感じは床に寝てる状態か。
手足の拘束はされてないみたいだ。
『・・大丈夫なんだろうな?』
この声は!
覚悟を決めて目を開ける!
『縁っ❗️』
『目が覚めたか。久しぶりだな。
とは言っても1週間も経ってないが。
・・・具合はどうだ?』
僕は体を起こして後ろに両手をついた。
縁は前と変わりない印象で俺の前に腕を組んで立っている。でも、その隣には違和感しかなかった。
『改めて、久しぶりだな、兄貴!
元気じゃないのがよくわかる。』
いきなり失礼だな。
『マサシって言ったか?
何で僕の事を兄貴呼ばわりするんだ?。』
マサシはヘラッとした顔で僕を見下ろしていたが、すっと僕の前に右手を伸ばしてきた。
『まずはほら、立ちなよ。』
・・警戒心はMAXなんだが、横にいる縁が何とも思ってなさそうなので、その手を握って立ち上がった。
『ハハッ』
『来問にはどう説明するんだ?』
『全部説明するさ。縁先輩にも話したようにね。』
説明?自己紹介でもする気か?
『兄貴は何にも覚えてないからな。
でもその前に、本物の兄貴を返してもらわないとな。』
『だから何を・・』
マサシは僕を遮り、顔を近づけて発した。
『俺は❗️
アンタの弟
「来問 正史」だよ❗️』
は?
何だよそれ。
僕には弟なんていないぞ?
『いきなり何を言い出すかと思えば。
急に弟とか、無理すぎるだろ。
なあ、縁。』
横に立っている縁を見た。
真剣な眼差しで僕を見返している。
『・・縁?』
『正史、お前の言う通りのようだ。
しかし、いつから・・・』
なんだ?このリアクション・・
『・・どういう事だよ?』
『来問、お前には兄弟がいるんだよ。
一つ下の弟がな。それが「真実」だ。』
縁が、記憶を取り戻した上でそれを言ってるだろうというのは理解できた。
だが、頭が追いつかない。
『まあ、あせったところで普通に記憶は戻せない。落ち着きなよ兄貴。』
これが落ち着ける状況なわけないだろ!
『縁、お前はこうなる事を避けるために僕の前から消えたんじゃないのか?』
『その通りだ。
俺は、お前も何かのきっかけで音無姉さんのようになるのではと考えた。
最初は俺が音無姉さんと一緒に失った記憶を取り戻した時だ。
俺が「音無姉さん」と呼ぶ事をお前は不思議そうに聞いていた。それを見て、お前も何かしらの記憶を失っている。ならばと、不安が頭をよぎった。
そしてカフェで正史と出会ったあの時に確信した。お前にぶつかってきた正史を弟だと認識していなかった事でな。
お前は弟がいた記憶を失っていると。』
『・・ウソだろ?』
マサシが穏やかな表情で僕に語りかける。
『思い出してみなよ。
今までの生活を。
不自然なこと、ホントに無かったのか。』
不自然なこと?
・・・
・・
《父さんおは・・ぁああっ!?》
《おはよう、来問くん!今日も良い天気だね!》
《4人がけテーブルの父さんポジションにサングラス男が!》
《その人影は、レインコートのフードを被り、こちらを見ていた。》
《あれ?自転車が2台しまってある。今まで全然気にしてなかったが、いつからあるんだ?》
《今朝お父さんがね、「剣山のようにエビが刺さった天丼を食したい」ってぼそっと言ったんだよ。》
《そんな訳ないだろう、なあ?母さん。
俺は揚げ物苦手なんだから。》
《昔はよく見たな。僕は食べなかったけど。》
《へぇ、誰が食べてたの?》
《ん?そりゃあ・・》
《よく食えるなぁ正史。そんなデカい海老天、僕は3本で充分満足だよ。》
《・・俺、次は15本チャレンジする!》
《僕はこの日替わり定食でいいよ。》
《そんなんじゃお腹いっぱいにならないじゃん!次来た時は兄貴も剣山にしなよ!》
《いやいや、無理だって・・》
《なんだ、今ごろ来たのか。》
《俺を置き去りにして先に行くなよな〜、ずるいよ兄貴》
・・
・
僕の視界がぼやけていく・・
よく見えない世界から声が聞こえる。
『心配するな・・兄貴は俺が取り戻す❗️』
バキン❗️
頭の中で、僕の全てを構成している何かがへし折れ、ガラス片のように砕け散った。
『来問ッ❗️』
来問が膝からガクンと崩れ落ちる瞬間、縁はその体を受け止め、ベッドに寝かせた。
『始めるぜ❗️頼りにしてるぜ縁先輩ッ❗️』
『任せろッ❗️』
俺は兄貴の頭の横に手を伸ばし、深層領域のカギを捻った。
ここからは俺のターンだ、待ってろ兄貴!




