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【第三十二話】『空谷跫音』

『お待たせ!』


今、僕達は駅前のショッピングモール「encompass(エンカンパス)」に来ている。


この辺では一番人の集まりがよく、たいていのものはここで揃える事ができる。

学生も普通に立ち寄る場所で、「エンカン」と呼ばれている。


学校を出た僕と本井さんは、まず服をどうにかしようという事で、出来るだけ目立たないよう、人混みの多いエンカンで買い物することにした。


まずは、護衛対象である僕の服を購入し、そのまま着替えてきた。

そして今は本井さんの番、という訳だ。


『どう?』


『似合ってますよ。』


『ふっふー♪

もっと褒めてくれていいんですよ♪』


控えめながらも明るい緑のシャツを黄色のワンピースの上に着ている。清涼感あって、見てて涼しい。

・・でもワンピースの丈がちょっと短くないか?


そういえば、本井さんの服装って今まではあまり変わり映えしない状況だったなぁ。

初対面からしばらくは黒いジャケットスタイルだったし、学校きたら制服だもんな。


それを考えると、本井さんのプライベートって新鮮だ。


縁はまた鼻血出すんだろうな。


縁・・・


アイツは今頃どこで何やってるんだろうか・・


『ほらほら、来問くん今はボーっとしてる暇ないよっ!』


そのまま手を引かれて連れて行かれたのは下着コーナー。

確かに、しばらくホテルで生活するというなら必需品だよな。


『ほらほら一緒に行くよ!』


『ちょ、ここは別行動にしましょうよ!』


流石に女性ものの下着コーナーに胸張って同行できるほどの耐性を、残念ながら僕はまだ持ち合わせていない。


本井さんの強引な攻めをなんとか回避して男物の下着コーナーに逃げ込んだ。


さてと。

僕は大体買うのが決まってる。

シャツもパンツも同じで、判断基準は肌触りとフィット感がバッチリなやつ。

あと、靴下か。1週間ぶんあれば充分だろう。


サイズを確認して買い物カゴに放り込んでいると、急に後ろから肩をトントンされる。

振り返ると


『いつものやつは見つかったかい?』


『⁉️』


確か「マサシ」っていう子だ!

完全に油断した!

本井さん!


『身構えなくていいよ、今日はオススメを伝えに来ただけだからね。』


『・・オススメ?』


『そう。せっかくエンカンに来たんだから、今日のランチは「天ぷら夢幻」に行きなよ。』


『え?』


『用事はそれだけ。真の好きなメニューあるだろ?お姉ちゃんと行ってきなよ!』


じゃまたね!


そう言い残してマサシは去っていった。


アイツは何で俺の事を色々知ってるんだ?

やはりストーカー・・・なのか?



『来問く〜ん、選び終わったなら、お会計一緒にするよ〜?』


声の方に振り返ると、本井さんが胸元で小さく手を振っていた。


『はーい』


・・・


『・・・

それで、お昼ご飯がここの店になった訳ね。

大丈夫なの?』


『確証がある訳じゃないですけど、ここは昔からよく家族で来てる店だから大丈夫だと思います。』


『でも謎よね。なぜこの店を薦めたのか・・』


『まあ、それも食べながら考えましょうか』


『そうね。お腹も空いたし。

一緒にメニュー見ましょ!』


『あっ、僕はもう決まってるんで大丈夫です。』


『あーっ、常連風吹かせてる〜。でもさ、期間限定とかもあるよ?ここにほら・・ 


・・あーっ⁉️


私、これにする❗️』


おお・・本井さんが一目惚れするようなメニューなんてあったかな?


何が本井さんの食欲を鷲掴みにしたんだ?


『これこれ❗️これ見て❗️


「地獄の沙汰もエビ次第

  自ら求めるカロリー地獄

    その名は海老天【剣山】」


だって❗️すごいね♪』


『おおっ・・』


バカでかい丼に敷き詰めた白米に、好きなだけ海老天を刺していいという、セルフトッピング型のエビ天丼。この店の看板メニューだ。


『昔はよく見たな。僕は食べなかったけど。』


『へぇ、誰が食べてたの?』


『ん?そりゃあ・・』


誰だっけ?

言われてみたら、すっと出てこないな。

なんでだ?


そういや最近似たようなことがあった気がする・・


ん〜・・ここには最近来てなかったしなぁ


いつだっけ?


・・ああ、母さんが大量に天ぷら揚げた時だ。

父さん普段から揚げ物食べないのにあんな勘違いするなんて、母さんも割とポンコツなとこあったんだな。


この店に家族で入る時、父さんは必ずかけそばなんだよな〜。

そして僕と母さんは日替わり天ぷら定食一択。

で、決まって剣山頼むのが・・


・・・誰だ?

誰もいないじゃん。


やっぱ勘違いしてたか。

ウチは家族以外とは外食しない主義だもんな。



《・・俺、剣山食べてみたい!》


・・えっ!


・・なんだ!?今の・・



『ん?来問くん、何かあった?』


『あ、いや・・大丈夫です・・』



『海老天【剣山】をご注文のお客様、こちらへどうぞ〜』


『はーい❗️』


本井さんはご機嫌に店員の後をついていった。


彼女はこれから、ひたすらご飯に海老天を刺して刺して刺しまくる至福のハイカロリーイベントにチャレンジする。


『お待たせしました〜。


日替わりてんぷら定食になりま〜す。』


『あ、どうも〜』


なんか久々だな、この定食を食べるのは。


家族以外の人と来たのは初めてかも。


今日の日替わりは「とり天」か。

結構ボリューミーなのが来たな。



《そん・・じゃお腹・・・・にな・・・じゃん!・・・も剣山にしなよ!》


幻聴か?誰かに話しかけられたような・・


本井さん、まだかな?


と思ったら後ろから声が飛んできた。


『来問くん、お待たせ!

ねえ、見て見て❗️すっごいの‼️』


恐る恐る振り返る。


『じゃーん❗️25本も乗せちゃった♪』


いやいやいや、どうなってんの!?


『それもう、ご飯じゃなくて海老天に海老天が刺さってますよ!』


『そうなの!店員さんがね、食べきれるならいいよって言ってくれたの。』


剣山の標準は10本なんですけど・・


本井さんが抱えている丼の上に聳え立つ揚げ衣の絶壁は、この前のカフェで見た特大パフェとほぼ同じ。

普通の天丼の5人前くらいあるんじゃないか・・


本井さんはきっとあれだ、フードファイターなんだ。チャネラーは副業なんだろう。


まあ、幸せそうに剣山を頬張る本井さん見てるとほっこりするからいいか。



《・・俺、次は15本チャレンジする!》


・・なんだ!?さっきから・・


頭の奥の方から滲み出てくるような声は・・


『来問くん、それじゃお腹いっぱいにならないんじゃない?次来た時は来問くんも剣山にしよ?』


《そんなんじゃお腹いっぱいにならないじゃん!次来た時は兄貴も剣山にしなよ!》


ズキンッ❗️


・・・

がちゃんっ!



『来問くん⁉️』

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