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【第二話】『雲散霧消』

意識が戻ったのを自覚したと同時に、背中に氷柱を差し込まれたような悪寒が全身を貫いた。


そう。今回は目覚めた時点で既にわかっている。

普通じゃない状況に身を置いてるってことを。


覚悟を決めて目を開けた。

天井。

どこかの部屋の中だ。

ベッドに寝かされているが、縛られたりはしていない。

顔を動かさず静かに周りを見渡す。

ベッドの他には、壁に寄せられた横に長い作業机とパイプ椅子が2つあるだけの殺風景な部屋だ。


ドアが開いた。

『やあ、おはよう!調子はどうだい?いや、気分はどうだい?の方がしっくり来るかな?』


サングラスの男は待ち伏せしていたかのようにタイミングバッチリで部屋に入ってきた。


『ここはどこですか?あなたは何者?僕をどうするつもりですか!』

また思考の整頓より先に言葉がフライングした。


『相変わらず好奇心旺盛だねぇ、いいよ。若いうちはそうじゃなきゃ。』


サングラスの男はいつも通りのヘラヘラした感じで話しかけて来る。


『まあ、心配しなくていいよ。君の身をどうにかしようって話じゃないからさ』


少し間をおいて、珍しく真面目そうな口調で男は語り始めた。


『多くを伝えることはできない。今はね。ただ、今回の件に関して原因はこっちにある可能性がある。だから来てもらったのさ。』


あれはどう考えても誘拐だったと思うけど。



僕の質問攻めを回避するつもりなのか、男は話を続けた。


『つまり、君が今どんな状態になっているか確認が必要って事なんだよ』


『・・確認?何のですか?』


男が部屋の壁を指差すと、急に窓が出現した。何のトリックだ?


『あ〜、どうやって窓ができたかは聞かないでね。今はそこ、問題じゃないから。』


僕の条件反射にブレーキをかけられた。


『まあ、落ち着いて窓の外を見てごらん』


言われるがまま視線を窓にやる。

そこには、僕の住む街並みが見える。商店街だ。

あそこの惣菜屋さんのおばちゃんには学校帰りによく立ち寄っていて、カボチャのコロッケを買っている。いつもオマケしてもらってるんだよな。

それで、すぐそばの公園に行ってコロッケがあったかいうちに食べる。


『・・・!』


公園が・・ない。

駐車場になっている?

昨日までは確かにあったはずなのに!


『その様子だと「わかっている」みたいだね。どうやら時間で解決する状態ではないようだ。』


あの男は一体何を言ってるんだ?僕がおかしくなっていると言いたいのだろうか?

むしろ、街の方に変な事ばかり起きてるんじゃ無いのか?

冷静に一言だけ返した。


『・・どういう事ですか?』



『君の記憶では、あの「駐車場」は「公園」だったはずだ。違うかい?』


『そうです!どうして・・僕の記憶が間違ってるって事ですか!?』


・・・いや、違う。そうじゃない。

あの男は「公園だったはず」と言った。だからそれ自体は間違いじゃないんだ。


『その記憶は間違っていない。ただ、その記憶が残っていることが間違いなんだ。』


・・・また答えをはぐらかされてる感じだ。正しい事が間違いって、何かの哲学か?


『つまり、今の事実通りにあるものが正しい記憶ということさ。』


『それって・・本当は存在した事実を無かったことにしてるって事ですか⁉️何でそんなことをする必要が・・』


言い切る前に僕の言葉は止まった。


窓の外が白く光ったのだ。


『この白い光、昨日も君は見ただろう?

本来、「君たちには」見えない光なんだ。』


君たち?

今更気づかないはずがない。

この男は普通じゃない、僕の常識の外にいる存在だ。

「君たち」とは地球人の事を言ってるのか?じゃあ、あの男は人の姿を見せてる宇宙人か?


『この光の意味、君はとっくに気づいてるはず。さあ、間違い探しだ。


君の「正しい記憶」のね。』



瞬きをした。

瞼を閉じ、開いた。

僕は商店街に立っていた。


周りを見渡すと、いつもの商店街の雰囲気がそこにはあった。

人もいる。車も普通に走っている。


ようやく日常に戻れた気がした。


さっきまでのやり取りが、あのサングラスの男から聞いた話が、ただの夢か幻のだったと思えるような安心感がここにはあった。


間違い探し?

僕の記憶を試してるのか?

あの男が言う、僕の記憶が現実と違うことを確認されている?


いや待てよ?

あの廃校の件があってから今まで、僕はあの男以外と話をしていない。

どころか家族にも誰にも会っていない。他のみんなだって、あんな事が起きたらおかしいと絶対気づいてるはず。


まずは誰か人がいないか探して、何が正しいのか確認しないと。


スマホを見た。まだ8時半。お店は開いてないか。

でも、うちのクラスの遅刻常習犯、遅杉はこの辺を通って学校にいってたよな。

まずはアイツを探して聞いてみるか。


予想通り、遅杉は既に登校時間を過ぎているのに安心の歩行速度で歩いている。

まあ、今日に限っては僕も遅刻には違いないんだが、何故か今の自分は特例が与えられているかのような気持ちの余裕があった。


『遅杉!おっす!』


『来問!今日はお前も遅刻か!』


僕の名は、来問 真。

(こいとい まこと)


『来問にしては珍しいな!お前は遅刻しないランキング上位にいそうな奴のはずだろ!』


『いそうな奴って、フワッとしすぎだろ!』


『ハハッ!いいじゃん、お前にピッタリだよ』


時間的には昨日今日の話なのに、随分久しぶりに会ったような気がした。


『で、お前、今日は何で遅刻してんだ?』


・・色々とあったんだよ、これが。漫画の主人公的な経験しちゃってさぁ〜なんて言えるか。


『まあ、ちょっとな。いつもの時間に家出たんだけど、自転車のチェーン切れててさ、歩いてきたんだよ』


我ながら上手い返しだな。


『あ〜お前ん家、学校から遠いからな。街の端から端くらいの距離あるんじゃね?』


『それは言い過ぎだろ!』


『そうかぁ?』


遅杉はいつも通り能天気だ。こいつが見えてる景色はいつも快晴なんだろうな。

あっ、そうだった、本題。


『なあ、遅杉。最近ホットな話題とかない?街のウワサとか。』


勉強はからきしだが、楽しい話題や噂にだけは情報通な遅杉なら廃校の情報くらい知ってるはずだ。


『いい勘してるな来問!あるぞ!まさにホットな奴が!』


ほら来た。街の中でも話題にならないはずがない。


『保険の音無先生、彼氏いたんだってよ!』


『はっ⁉️』


『マジやべぇだろ?もう2年以上の付き合いらしいぞ。今までよく隠してこれたよな!』


いやいや違うぞ遅杉。

もっと街全体がびびる奴あるだろ!


『あ、そうなんだ。他にはない?』


『なんだよ、あまり納得してなさそうだな。今学校で1番ホットな情報だったんだぜ?』


『なんかさ、廃校のウワサ、とかさ。』


『廃校?なんだそりゃ。どこの街の廃校だよ』


『街外れにあるだろ!廃校!俺たちが通った小学校だろ?』


『あ?俺たちが卒業したのは隣町の真近小学校だろ。通学バスで一緒に通ったじゃん。来問、忘れたのか?』


知らない!「まぢか小学校」だと?知らないよそんな学校。

それよりもだ。

遅杉にはあの廃校の記憶がない?

廃校がなくなったんじゃなく、最初から無かったような言い方だ。


僕の街が歴史ごと書き換えられている?



遅杉を置き去りに僕は学校とは真逆に走り出した。


確認しないと!

自分の目で!

廃校があるはずの場所を!


『お〜い来問〜、忘れ物か〜?先生にはうまく言っといてやるからな〜!』


遅杉に手振りで挨拶して全力で駆け出す。


自分でも心がグラグラしているのがわかる。

廃校がない事が当たり前みたいに、周囲が僕の記憶を否定している!


・・息が続かない・・


がんばれ僕の体!あともう少しで廃校が見える場所まで辿り着く・・!


大きく開けた川沿いに出た。

ここの橋は大きなアーチ状になっていて、中心まで進むと街の全体を見渡せる場所だ。


息を切らしながら辿り着き、手すりに体を預けて見上げたその先に廃校は無かった。

そのまま大の字になって歩道に転がった。


目を閉じて深呼吸する。


僕の真実は急に消えてなくなった。何でだ?


原因は知ってる。

いや、あれは原因じゃないな。

あれは、記憶が事実から消える瞬間。結末でしかない。


そして僕以外の人にとっては多分、記憶が書き変わる瞬間。


どうして僕だけ?


・・・いや、もしかしたら僕もみんなと同じだったのかもしれない。

あの白い光を見るまでは。


『現実は見えたかい?』


僕の頭の上からサングラスの男の声がした。


酸欠のせいなのか、理解の限界を超えたせいなのか、男の質問の答えは出てこなかった。


『僕の身に何が起こったんですか?』


もう、ジタバタする時ではない。

答えを求めて僕は質問した。


『君は世界を管理する者の手からこぼれ落ちた人間だ。運が悪いことにね。』


『管理・・・こぼれ落ちた?』


僕の意思とは関係なく、何者かによる手違いでこうなったとでも言いたいのか。


『ホントに君は運が悪い。こんなことは僕の人生でも初めてなんだよね。それほどの強不運だ。』


強不運なんて言葉、聞いたことないぞ。それに運の悪さは生まれつきだ、ほっとけ。


『手違いってなんですか?それが無ければ、僕は遅杉のように、過去の記憶をどんどんいじられていたって事ですか?』


サングラスの男は一瞬ポカンとしたような表情のあと、急に笑顔になり、


『へぇ、中々の洞察力持ってるねぇ君。こりゃあ下手なことは喋れないな!僕は口が滑りやすいからね。』


思いつきを言っただけの内容が正解に近いなんて、現実の定義が揺れすぎる。


『やっぱり、ずっと前からあの白い光は何度も僕らの記憶を書き換えていたんですか?』


『まあ、それが君の理解しやすいラインなら、その線で行こうか。


確かに君たちの記憶は何度も更新されているよ。でもそれは、みんなが幸せに生きるために考案された道なんだ。』


記憶を何度も書き換えられて一体どこが幸せなのか?

そして知らなくて良かった事実に触れてしまい、記憶と現実が乖離してしまった僕は不幸だと。


『この先、君の未来は2つある。ひとつは、このまま唐突に変化していく社会の中で、日々起こる記憶の矛盾と向き合って生きて行く道。

2つ目は、僕らと同じ・・ってわけにはいかないが、要するに管理側に協力する道。


さあ君はどっちを選ぶ?』

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