道種 千鶴⑦
千鶴視点です。
雀ちゃんは道種学園の生徒だった頃に同じ学園の女生徒に裸になった姿をネットに晒されたことがある。
なんでも雀ちゃんが当時付き合っていた彼氏が女生徒と二股を掛けていたらしく……それを知った女生徒が雀ちゃんに彼氏を寝取られたと逆恨みし、取り巻きを使って雀ちゃんを無理やり裸にして動画や写真に収め……アダルト系のサイトにアップした。
当然女生徒とその取り巻きは学園から追い出され、警察の手も煩わせた。
雀ちゃんと付き合っていた彼氏の方も、二股野郎とクラスメイト達に罵詈雑言を浴びせられて学園を去った。
だがそれでおしまいとならないのがこの時代……。
特定班によって個人情報がSNSで公になったことで……彼女達には一生消えないデジタルタトゥーが付けられ、その後も散々な人生を歩んでいると風の噂で聞いたことがある。
だがデジタルタトゥーと言うのは……被害者であるはずの雀ちゃんにも当てはまる。
ネットに載せられた彼女のあられもない姿……その残酷な光景を一部の人間が性の対象として捕え、AI等で加工された彼女の姿は……ネットのおもちゃと化してしまった。
精神的にボロボロになった雀ちゃんは不登校になり、自室に引きこもる様になった。
当時雀ちゃんの担任だった私は彼女の家に足しげく通い、部屋から出てくるよう説得し続けた。
『雀ちゃん、少しで良いから先生とお話しよう?』
『うるさいっ!! 私のことは放っておいて!!』
だけど……外に出る勇気も人と関わる楽しさも失った雀ちゃんの心に言葉を届かせるというのは簡単じゃなかった……でも、放っておくことはできなかった。
”なぜそこまでするか?”……それは雀ちゃんに特別な思い入れがあるとかではなく……初めて担任として請け負うことができたクラスだから全員揃って卒業させたいという個人的な願望による行動……要は自己満足だ。
だけど原動力はどうであれ……何度も声を掛けていく内に、雀ちゃんの心の壁を少しずつ取り除くことができたようで……。
『先生……私死にたい。 SNSで知らない人達が私に言うの……”裸にされて実は喜んでいる”とか”女は体だけで生きていけるから羨ましい”とか好き勝手に……もう嫌だ!
生きていくのがつらいよ……』
ある日……雀ちゃんが心に秘めていた本音を聞くことができた……。
SNS上で晒され続ける自分の痴態……彼女のことを被害者として同情する人間がたくさんいた……。
だが一部の非常識な人間が面白おかしく雀ちゃんをつるし上げ、彼女の心をさらに抉り、死にたいとまで言わせたんだ。
そんな彼女に……私はこう言った。
『雀ちゃん……生きている限り人生は終わらない。
どんなに今がつらくても……私はあなたに立ち上がってほしい。
将来のために頑張る生徒達を支えられる教師になりたいって言う、あなたの素晴らしい夢を……同じ教師として叶えてほしい』
『先生……』
『私が雀ちゃんを支えるから……もう1度、頑張ってみない?』
『……』
雀ちゃんは無言でドアを開いてくれた……。
それは……教師になりたいと言う雀ちゃんの夢を純粋に応援していた私の言葉が……彼女の耳にようやく届いた瞬間だった。
私は雀ちゃんの手をそっと握り……彼女を部屋の外へと連れ出した。
※※※
それから彼女はSNSを断ち、彼女の身を案じていた親や友人達の支えもあって学校に登校できるようになり……無事に第一志望だった大学に合格し、道種学園を卒業した……。
※※※
「あの時先生が掛けてくれたこの言葉がきっかけで……私は教師になる夢を叶えることができたんです」
「雀ちゃん……教師になれたの?」
「はい……6年前から家の近くにある高校で教師をさせてもらっています。
できることならもっと早く報告したかったですけど……今回の一件がSNSで流れていたのを見つけるまで、先生がどこにいるのかすらわからなくて……」
「そう……」
「先生のことは教師として尊敬していますし、すごく感謝もしています。
でも人として……先生のことを軽蔑してしまっている自分もいます。
だから正直……先生と裁判所で顔を合わせるまではどうしようかと迷っていました」
「じゃあどうして……」
「先生が……あの時の私と同じ顔をしていたからです。
絶望のどん底に沈んで死にたいとまで思っていたあの時の顔に……。
だからかな……このまま先生のことを1人にしちゃいけないって思ったんです」
ギュッ……。
雀ちゃんがテーブルに乗せていた私の手をそっと握る。
なんと言うか……心地よい。
手から伝わる人の温もり……久しく感じることのできなかった人の情……こんなに良いものだったんだ……。
「先生……私は教師になろうと一生懸命に頑張りました。
そして今は……生徒達のために頑張っています。
だから今度は……先生が頑張る番です!
くじけそうになったら……私が全力で支えます。
だからもう1度……教師になってくれませんか?」
真っすぐな瞳……力強い言葉……温かな手……。
それら全てが空っぽでボロボロになっていた私の心を優しく包み込んでくれているような気がした。
染谷の時とは明らかに違う……安心感のようなものが雀ちゃんにはある。
”この子なら信じることができる”
染谷に数年間も騙され続け、人を信じることができなくなった私なのに……彼女の何かが私の廃れた心を引き寄せる。
不思議だけど……納得できる。
こんなに人を引き付けることができる人間だから……雀ちゃんは教師を続けられているんだ。
「先生……」
「できるかな……私なんかが……」
「先生ならできます! 先生に救われた私だから……言えるんです!」
「雀……ちゃん……」
頬を温かな涙が流れるのを肌で感じた……。
涙なんてとっくに枯れていたと思っていたのに……。
「私……やってみる」
私は再び……教師になる道を選んだ。
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それから半年後……。
「せんせ~! この問題がよくわからないだけど~」
「どの問題? 見せてみて」
私は……雀ちゃんが招いてくれた学習塾で教師をしている。
学校とは違って教員免許がなくても良いから……こんな私でも教師を務めることができる。
最初は小学生専門だからと……少し甘く見ていたが、今の時代の小学生は私の想像をはるかに超えるほどの学力を欲している。
だから私も……生徒達の支えになろうと休みの合間にやる勉強を怠らない。
「こうすれば……ね? わかったでしょ?」
「うん! 先生、ありがとう!」
生徒からの”ありがとう”と言う言葉……それがこれまで積み重ねてきた努力の証だ。
いつかここを巣立って立派な大人になる彼らのために……私は全力で教師としての役割を全うしないといけない。
「それじゃあ先生! さようなら!」
「はい、さようなら」
授業が終わり……帰宅する生徒達を見送った後、私は空を仰いだ。
「大河……音瑚……」
ふと口から漏れた愛する夫と娘の名……。
あれ以来……2人には会っていないし連絡も取っていない。
どこにいてどんな生活を送っているのか……SNS等を駆使すればわかるかもしれないが、私にはそんな気は全くない。
2人にとって私はすでに過去……ううん、幸せを邪魔する害でしかない。
私が2人にしてあげられることは……幸せを祈りつつ2人に2度と関わらないことだけ……。
そして今……私がすべきことはここで生徒達を支えること。
雀ちゃんのお母さんもお婆さんも私の過去を知りつつ、偏見を一切持たない優しい方で、生徒達も良い子ばかり……。
雀ちゃんとは何でも言い合える家族のような存在……。
人にも環境にもすごく恵まれている……。
ネット上では昔と比べて道種家の話題はほとんど挙がらなくなったが、未だに私を叩く人もわずかながらにいる……。
だけど大丈夫……私には頼れる人も目標もある。
いつまでも過去にこだわらない……私は生まれ変わるんだ!
「道種先生~……来週のテスト問題、一緒に考えてくれない?
私1人じゃ、どうもまとまらなくて……」
「はい、今行きます!」
そして私は今日も……これからも生きていく……1人の教師として……。
千鶴視点はこれで終わりにします。
多少救いを与えるためとはいえ……なんか狂キャラ感がブレたような気がしますが……どうか気になさらないでください。
次は大河のエピローグをさらっと書いてこの物語を終わりにしたいと思います。




