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思春期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
ローマからの脱出
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ローマの外へ、 セルウィルス外壁にて

ついにローマを出ることを決意したユリウス・カエサル。

彼にしたがう3人の従者を引き連れ、夕闇が迫るローマの我が家を後にする。

ローマは、200年前に外敵にさらされて以来、堅固な要塞都市になっていた。

ガリア人に攻められた時の反省として建築が計画されて、堅固な城壁を造りあげた。

その時の国王の名にちなんで、セルウィルス外壁と呼ばれたこの外壁はローマを守る盾だった。

この城壁の高さは、10m近くあり、市街にある3階建ての建物が隠れる高さを誇っており、横幅も馬車が通ってもまだ余裕があるくらいのかなり巨大な建造物だった。


100年前にカルタゴの有名な将軍ハンニバルがローマを攻めてイタリア半島を恐怖に陥れた時、ローマに接近されても守り通すことができたのはこの城壁があったからだと言われている。


夕暮れが迫るなかで、街をぐるりと覆っている外壁が輝き、その威容を照らし出していた。

ローマの誇る城壁は、中心部を守り、内外の人を抑える大事な働きをしていた。

だが、ローマが都市国家からイタリア全土、そして外部への領土の拡大にあわせて、都市から大都市、巨大都市に変化しつつある中で、セルウィルス外壁の外にも大きな街ができてきている現状があった。


外壁の外は出入りがしやすいため、新興の騎士階級や商人、難民が大勢出入りしており、活気にもあふれていた。


巨大都市となり城壁の外にも人々が住みだしてきたローマだがカエサルの住む家は、セルウィルス外壁の内側にあった。市街から外に抜けるためにはどこかの門を抜けていくか、ローマ市内を流れるテヴェレ川を小舟に乗って下り、郊外か海に流れ出ることができたが、カエサルはテヴェレ川の下流とは反対に行きたいと考えていた。

セルウィウス外壁が特に高くそびえる北側を通り抜けるほうが、自分の目的に近く、そして自分が関心があるほうに向かいながら、見えない敵を撒く方法を考えていた。

こそこそとするのは、カエサルの流儀に反している。

敵の裏をかいて、堂々と門をでていくことこそが、カエサルだ、と自分で思っていた。


自分の仲間であり従者である3人に歩きながら言う。

「まず、スブッラからカピトリーノの丘をかけあがり、スッラのいる公邸の横を通って北東の城壁門を超えて、ローマを脱出する。それから、フラミニア街道を抜けて、ファヌム・フォルトゥナエかアンコナに行って船を調達してアドリア海を超えよう。」

全員頷くが、そのなかで小さなジジが質問した。

「ファヌム・フォルトゥナエかアンコナに行ってカエサル様の知古がいらっしゃるのですか?」

ファヌム・フォルトゥナエは、フラミニア街道を抜けた先にある街で、アドリア海に面していた。また、アンコナは大きな都市でフラミニア街道から途中で少し横に行くが、交易も盛んで有名な街だった。

そのどちらかを目的としたので、ジジも含めて全員が何か頼れるものがあるのか、と思ったのだ。

「ジジ、「様」はいいよ。カエサルと呼びな。」そうキロがいう。

「そうだ。私たちは立ち位置こそ違えど仲間だからな。」とカエサルも同調する。

ダインもうなずいていた。

ジジは、わかりました、と小さな声でいう。


それから本題にカエサルは答えた。

「先ほどの質問だけど、まったく我が家も私もつながりはない。だからこそ面白いじゃないか。行ってみよう。もしかしたら、スッラの粛清を恐れて逃げている貴族や騎士階級もいるに違いないし、交易の商人もいるだろう。大勢が動いていたら私たちは普通に旅をしていても気付かれないよ。」


その回答にジジは納得したようだったが、キロが声をかけてきた。

「それっぽいこと言っているけど、フラミニア街道を通ってアドリア海に行ってみたかった、というのが本音だろう」

全員を見てにやりと笑って一言。

「ああ、だって知らない土地を行くことこそ旅の楽しみじゃないか。アドリア海を渡ってみたいんだ。」


キロの言うことは正しい。

見慣れたローマ街道が、郊外にも続いているのを見ることがカエサルは好きだった。そして、それがローマの繁栄の印であり、人々をつなぐものとして技術の粋を集めた芸術であると思っていたのだ。

だからこそ、さまざまな街道を見て、歩いてみたいと思っていた。


慎ましやかながら、貴族としての歴史があるカエサル家もローマの貴族の例にあわせて、郊外の別荘をいくつか持っていた。

アッピア街道やアウレリア街道などの西側の街道は別荘や散策でカエサルも通ったことがあるので、今まで通ったことがないフラミニア街道を通って、アテネ方面に脚を伸ばしたい、という好奇心旺盛なカエサルが言いそうなことだ、と全員が納得した。


理由はともあれ、全員が静かにカエサルに従ってスッラの公邸の横を抜ける。

何人かの兵士が公邸の周りにいたが、カエサル一行は全員が堂々と行商のような恰好をし、旅の荷物のようなものを持っているために、特にとがめだても受けずに簡単にすり抜けることができた。カエサルはトーガを複数枚持ってきていたが、今は簡易の服装を羽織っており、おしゃれなトーガは荷物に隠してあったのも幸いした。壁を超える時も堂々と4人はセルウィルス外壁をとおりぬけようとした。


そこに背の高い、男性でも見惚れる顔立ちの若者が一人、門の前に立っていた。


何人かの旅人らしき先に行く人たちが、その横を頭を下げつつ通過するので、カエサルたちもそれに倣ってうろたえずに、まっすぐにいき、背の高い男前の男を避けて門をとおり抜けようとした。

カエサルはその背の高い若者をちらっと見たが、スッラの館でみたことを思い出したが、すぐに知らないふりをして過ごそうとする。


カエサルが通りすぎようとした瞬間に、背の高いがっしりとした美しい顔立ちの男は、

「君がカエサルか?」

それを聞いて、一瞬カエサルは止まった。

止まんなよ、とキロが悪態をつくのが聞こえたが、男の声の圧力の強さに身体が反応したのが正しかった。

男は足を止めたカエサルに言う。

「ガイウス・ユリウス・カエサルにお尋ねする。ここをぬけていくということは、スッラ様の命令を受けないということか?」


自分を止める圧を持った背の高い若者のことも気になった。

背の高い良い体格の若者のほうに顔を見せる。

めずらしく、真剣なまなざしで距離を確かめながら、相手を見つめて口を開く。

「私を呼び止めて話しかけてきたあなたは誰ですか?

私は知らない人と雑談をして時間を浪費しないように母から教わっています。」


男は、改めて礼をして、カエサルに向き直る。

「私の名前はグナエウス・ポンペイウス。さきほど、スッラ様の館で、君の話を聞いていた者の一人だ。スッラ様から私に何か命令が飛んでいるわけではない。私が個人的に君と話をしたいと思い、もしローマから旅立つならばここを通るだろうと思ってここに立って待っていたのだ」


ポンペイオスという名前には聞き覚えがあった。

スッラが重用している、カエサルとそんなに年が離れていない若者だ。

3個軍団を自費で準備してスッラの元にかけつけ、スッラとともにキンナの率いる正規軍に勝利した戦いの天才だとか。


そんなことを思い出しながら、ポンペイウスをさっと観察する。確かに若く良い体格をしているがそれ以上に身体中からわきあがる自信、覇気が感じ取れていた。

そう想いながら、丁寧でかしこまった口調で話をする。


「なるほど、失礼しました。スッラ様を支えられているポンペイオス様ですね。ご高名は伺っております。改めて、ガイウス・ユリウス・カエサルです。先を急ぐ身ではあるのですが、どのような話をしたいのでしょうか?」

礼儀作法にのっとり丁寧なあいさつをする。


ポンペイオスは、ゆっくりと口を開く。

「私には妻がいた。しかし、スッラ様からの要望を受け、私は妻と離縁し、新しくスッラ様に連なる女性と寄り添うことにした。君は違う道を選択したようだな。私たちは、個人であるとともに、公人でもあると思っているが、なぜ君はそんな選択をしたのか?」

カエサルは言葉を選びながら説明をする。

「ポンペイオス様、私は、まだ分別が付いていないだけかもしれません。そして、スッラ様がポンペイオス様に自分にちかい女性を娶るように言ったのは、ポンペイオス様は絶対に仲間にしておきたい、という強い意思があったのではないでしょうか。そして、私の場合は、ただ単にマリウスにつながる者として婚姻の解消を求められたので重要度は全く違い、力の入れようもまったく違ったのだと思います。」

ポンペイオスはうなずく。


そこでカエサルはさらに口を開いた。

「ポンペイオス様の指揮する軍団があってこそ、スッラ様もローマの全土ににらみを効かせられるのですから。」

「そういう意見はわからなくもない。しかし、君自身はスッラ様に逆らって、追われるようになってでも婚姻を解消しないのはなぜだろう?」


「そうですね。自分の立場も理解はしています。ですが、誰と結婚するとか、何を考えるとかは、尊敬する人が誰であるとかは、どんなに偉い人に指示されても、人が自由にすべきところで、他人に縛れない部分だと思っています。少なくとも私はそうあるべきだと思います。」

力強く自分の意見を伝える。

「それはローマを追われてまで大切にするものなのか?」

ポンペイオスの本当に疑問に思っている質問に、少し笑顔になってからカエサルが言った。

「もしかしたら今のローマは私にはあっていないのかもしれないです。ですが私は私の流儀を貫きたいと思っています。」

「なるほど。君の意見はわかった。私から逃げずに純粋な疑問に答えてくれたことを感謝しよう。私はスッラ様がおそるべしと評した君をより知りたかっただけだ。しかし、君のような考え方では、今の争いが続く世の中では生きて生きづらいだろう。」

カエサルはポンペイオスの話を聞いてあせった。

「いえ、ポンペイオス様、スッラ様が私ごときを恐ろしい、というなんて、何かの間違いだと思います。そんな力も持っておりません。そして私が今回、スッラ様の命に従わないことも、私はまだまだ子供で、本当に大切にすべきものを理解していないだけかもしれません。」


ポンペイオスはさらにいくつかの質問をカエサルにし、カエサルはそれに答えた。


その後、2人はいくつかの事柄について話し合った。

長くなってきて、道の真ん中ではなく、道端に移動してあたりの石に座って。

カエサルは念のためキロたちに周りを見ておくように伝えたが、ポンペイオスからは自分の配下が周りを固めているから大丈夫と言われた。

カエサルたちは納得しつつ、ポンペイオスの配下の気配も感じられないことに自分たちのふがいなさを感じるはめになった。

それでもポンペイオスとの会話は楽しかった。

はじめはポンペイオスが主導でカエサルに質問をしていたが、途中からカエサルの好奇心が出てきて、ポンペイオスが自費で軍団を編成し、スッラの元にはせ参じた話などに話がおよび、どのような戦略で敵と戦ったか、など若い2人は熱く話し込んだ。

気がつけば長話になっていた。

しかし、さまざまな面で気があったのも確かだった。


長くなってしまったことをポンペイオスは素直にわび、最後に今後の話をした。

「カエサルよ、予想外に熱い話になってしまった。しかし、これから、年の差が少しばかりあるが、”様”をつけずに、ポンペイオスと呼んでほしい。」

ポンペイオスからの申し出に、カエサルは素直に喜び、以後ポンペイオスと呼ばせてもらうと言った。


さらに、名残惜しそうなポンペイオスは、最後に

「私は君の手助けをしたいとも思っている。ぜひローマに戻ってきたら声をかけてくれ。それでは、カエサルよ、君が旅の先に素敵な出会いがあることを祈っているよ。」

と言った。


カエサルも頷きながら、

「ありがとうポンペイオス。ぜひ伺わせてもらいます。あなたの健康とこれからの武運お祈りします。」

ポンペイオスはカエサルが常に自分に敬意を払っていることに心を悪くすることもなくうなずいた。

そこで、お互いに別れをつげ、カエサルは仲間たちを引き連れて堂々と外壁を通り過ぎた。

正門でまさかスッラ派の武将にあうとは思っていなかったカエサルとその仲間たち。それでも若くやり手とうわさのポンペイオスと知己を得られたのは悪くないことかもしれない、と考えながら。


北東の門を抜けると、外はすでに夕闇に覆われていた。

闇夜に紛れての旅は追っ手を避けるには安全だが、長距離を走破するには向いていない。また、月と星の光を頼るにしても、今日はあまりその光が強くないようだったため夜の旅をあきらめ、宿をとるべきと考えた。


結局夜になって少し歩き続けて、郊外に農地を構える騎士階級の人の家にお世話になることにした。カエサルは、自分たちの身分について細かな説明はせず、さる貴族の子どもでこのたび、アテネに留学することになったが、諸事情で出遅れたために、一晩宿を借りたいという説明を行った。


騎士階級の主人は、笑顔で迎えいれてくれて、小部屋でもよければ泊まってください、という。主人が、貴族の方のお名前は、というので、キロは偽名を名乗ろうとしたが、カエサルは素直に自分の名前を名乗った。本人曰くそれもカエサルの流儀だそうだ。

キロはため息をつきながら、カエサルの意に沿うことにした。

どうなっても知らないからな、と文句は言った。


家の主人はローマの中枢の動きにあまり詳しくないのか、表情を表に出さないことに長けているのかわからず、ただカエサルの自己紹介で先の執政官の甥っ子であることと知り、笑顔で宿泊を勧めてくれた。


夜の間に、ポンペイオスと会い話をしたことを4人は話し合った。

ダインは有名な若き将軍にあえて興奮していた。

キロもかなりのやり手だが高飛車でなくいいやつだと褒める。

カエサルも同じような評価だったがジジだけは、怖いと言った。

カエサルにその理由を聞かれると、

「才能がありすぎて、人の気持ちがわからない人のような気がしました。」

カエサルはそうかな?とも思ったがジジの言葉は印象的だった。


翌朝、礼を言って主人のもとをさるまで主人は自分の奴隷たちに指示を出し、カエサルたちが過ごしやすいように対応してくれた。朝早くに主人に礼を言って旅立った。

キロは館を去ったあとに、カエサルに言った。

「名前を聞いても、何の反応もないって怖いな。」

カエサルは、うなずきながら答える。

「そうだな、しかし知らないだけかもしれないし、特に干渉しない、というのが、このあたりで生活するコツなのかもしれないな。スッラにもマリウスおじのどちらの派にも関わらないで、ただ自分の生活をする。そうすると、その派閥の大きな恩恵は受けられなくても、自分が生きていく糧をえることができるし、他の派閥から恨みを買って殺しのリストに載ることもない。」

カエサルの言葉をかみしめるように3人はうなずきながら歩き続けた。


翌朝は、どんどん天気がわるくなってきて、今にも雨が振り出しそうな状況だった。少し歩き続けてカエサルたちは、フラミニア街道沿いをいくと危険では、との意見をキロから受けて、横の脇道にそれていくことを決定した。

フラミニア街道からある程度距離をおいて、街道を目印に歩き続ければアンコナなどの港町がそのうち見えてくるだろうし、街道を通る兵士たちを遠目で見て、逃げることなどができると考えたのだった。


街道を外れて先を急ぐカエサルたち一行を、少し離れた高台から馬に乗って眺めている男たちがいた。


ローマを過ぎて、フラミニア街道沿いを行くカエサルたちを追う

男たちは何者か?

若きカエサルたちは、どこへむかっていくのだろうか?

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