カエサル登場 (改)
独裁官スッラの前に連れて来られたカエサル
弁舌も人を見る目にもすぐれたスッラの問いに言葉の選択を間違えることは、死につながることを感じた
カエサルは何をかんがえ、何をこたえるのか。
それは、今日の昼前の出来事だった。
お洒落を大切にしている若者は、新しい服を見に自分がお気に入りの布や服を見繕う店に行ったときに偉そうな態度のゴロツキ二人が自分たちにも 最高級の布をあしらったトーガを準備しろ、と店員を脅しているのを目にした。
それもスッラ様の命令を受けたから無料で準備しろ、と言ってどなり声で店長を追い詰めている。だが店長が耐えていると、トーガに付けるブローチや染色のための染物、そしてその道具など、店にある大切なものをばらばらにまき散らし、壊そうとするのを見て、怒りがこみあげる。
カエサルはキロたちを連れて、困っている店の主人の傍にいき、最初は客として割って入った。
「おい、店長をいじめるなよ。正規の値段で買ってやれ。」
そういうとゴロツキ2人はカエサルに矛先を向けてきた。
「なんだてめえ、俺らをコルネリウス組と知ってのことか?」
と言いながら殴りかかってきた。すばやく動いて躱したカエサルは子どもの時から鍛え上げた武術で一人をぶちのめした。もう一人を見るとカエサルの従者であり親友であるキロが同じように倒していた。
騒ぎになり周りに人が増えると、のされた2人は、カエサルを睨みつけながら、
「てめえのことは忘れねえからな。コルネリウス組がお前らを地の底までおいかけてやる。」と捨て台詞を言って去っていった。
カエサルは痩身であるが、それは鍛えられた細さであり、常に家庭教師に戦いを習って来ていた。キロたちはそれに付き合わされていたのだ。ただ力任せの暴力に屈するようなことはなかった。
危ないところを助けられた店長から礼を言われて、お礼の品として新しく入手したトーガを止める装飾品を受け取ると笑顔で帰ってきたところだった。
昼前の出来事を思い出しながら、上半身裸で自分の部屋の中で、目を閉じて悩んでいた。
家に帰ってきたところを、独裁官スッラの衛兵が呼び出しにきたのである。
「スッラ様に会うために服を整える。」
そう言って自分の部屋にこもって考え事をはじめた。
人からどのように見られるか。
これは軽んじられているが、大切なことだと思っている。
人の目を気にすることは、軽薄なことだとする風潮の強いローマで、恰好を気にするカエサルは裏で馬鹿にする者がいることも知っていた。
それでも、人にどう見られるかを意識したいと思っていた。
見た目にこだわるのも自分の流儀だ。
見られるからこそ身体も鍛える。自分の裸を見せるときにだらしない身体でいたくなかった。
自分がトーガをきるようになってから、余る部分のひだの付け方を工夫したり、ブローチをつけてみたり、大人の、今風のたしなみを加えようと少し色を付けてみたりと、おしゃれに見えるように工夫をしてきた。
それによってローマの街にいる仲間たちには、トーガにもこだわる「今までにない新鮮さ、かっこいい」というファッションリーダーというイメージを持たれていた。
だからこそ独裁官スッラに会うにしても服装に拘りたかった。
カエサルが悠然と服を考えている間、心配そうに声をかけてきたのが姉のユリアだった。
「ガイウス、大丈夫?」
カエサルは、心配そうな姉に向かって笑顔を見せる。
「晴れ舞台というべきかね。ちょっと着ていく服に迷ったけど正装で行くことに決めたよ。ちょっと他の人には真似できないおしゃれも入れつつね。」
姉は目を大きく開き、弟の神経を疑いながら文句を言う。
「そこはどっちでもいいでしょ。どうやって独裁官にあなたが無害であることを理解していただくかの話をすることが一番大事でしょ。」
カエサルは、そこも大丈夫とばかりに言う。
「そうだね、第一印象は大切だからね。名前で、「ガイウス」っていうとちょっと自分の名前で幼い感じもするから「ユリウス・カエサル、登場いたしました。」
ここで、トーガを軽く開いてうやうやしく頭を下げる。っていう挨拶だと大人っぽいけど、洗練 されていつつも新しい感じがあって良いと思うんだけど、どう思う?」
姉は、あきれながらも、心配そうな顔になって言う。
「あんた、本当に命がかかっているんだから、しっかりしてよ。細かなところもだけど、あのスッラだよ?戦いに出たら負けない、口論でも負けたことがなく、敗者には必ず死をもたらすという冷酷無慈悲な氷の悪魔よ?」
続けていう。
「せっかく、ウェスタ神殿の巫女長さまやガイウスのおじい様が口添えしてくれたんだから、リストから外されたお礼を言って、スッラに尽くすくらいのことは言いなさいよ。」
カエサルは、姉の言い分が面白かったらしく笑顔で言う。
「そうだね。でも私の流儀の一つは、大胆不敵であれ、だよ姉さん。スッラだからと平伏するようなことはできないね。でもせっかくなんで、氷の悪魔との会話を楽しんでくるよ。ありがとうユリア姉。」
そういいながら、トーガをまとう手伝いをしてくれた2年前に結婚したキンナの娘コルネリアを見る。
カエサルが16歳の時に、時の権力者キンナの願いで実現した政略結婚であったが、結婚後、若い2人は仲良く暮らしていた。家督を継いだカエサルをコルネリアは支えるように努めてきた。そのコルネリアも心配そうだった。
目に涙を溜めて、カエサルを見る。
「独裁官に挨拶をして、すっきりして気持ちよく帰ってくるから、待ってて。」
そう言うと、コルネリアに笑顔を見せた。
カエサルの屈託のない笑顔を見ると、コルネリアは何も言えなくなってしまい、ただ首を縦にふるだけだった。コルネリアにはカエサルが本当に大丈夫か心配だった。
なぜなら、コルネリアの父キンナはスッラを裏切り、民衆派のマリウスと手を組んだ裏切者だっだ。そのためスッラがローマに凱旋したとき、コルネリアはカエサルに自分が一緒だと危険なので離縁しましょう、と言ったくらいだ。
だが、そのときカエサルは父がやった行動を娘に責任を取らせるのはおかしい、と言ってくれていたから、一緒に過ごしていたのである。
それからも、スッラの動向が気になっていたコルネリアだったが、カエサルを名指しでスッラが呼んだ今、いつ自分の父の話になっても不思議ではない。今までにない不安を抱えて、コルネリアはカエサルを見る。
しかし、カエサルはコルネリアをいつものように抱きしめると軽く頬にキスをして、心配しないで待っていて、というとすぐに背中を向けて手を振って挨拶をし、スッラの命令でカエサルの家に来ていた衛視と共に我が家の外に出た。
外は、少し時間が立ち日差しの強い時間が過ぎ去ろうとしていた。
まだ太陽は長い時期だが、それでも、早く話を終わらせたほうがいいだろう。
カエサルが家を出ようとすると、家の入口にスッラの部下の衛兵二人と、そのほかに二人、カエサルには見慣れた人影がいた。
彼らはカエサルの家の奴隷の子である。年齢も近く、小さな頃から一緒に育った仲間である。カエサルを心配して入口で待っていたのだろう。カエサルが求めれば付いていくし、求めなければ見送ってくれるはずだ。
しかし、今日は一人で大丈夫だ、と言おうとしたが、二人はカエサルのすぐ横にきて、せめてスッラの公邸の前までは一緒にいき、公邸の前で待つと言う。
カエサルは、それならいい、と言い、スッラの部下とともにカエサルたちはスッラの待つ公邸へ歩いて行った。
カエサルの家は、カピトリーノの丘のふもと、スブッラと呼ばれる庶民が住んでいる一角にあった。一軒家のだが、名門貴族というよりは貧乏貴族と言える程度の一般住宅の広さだった。
一般市民が住み、店を出しているところなので日々が賑やかな場所をスッラの部下に連れられて歩くのは気持ちいいものではなかった。不愉快だ、と思ったカエサルは、先に歩き出し、スッラの部下を連れているように先陣を切った。当然、連れの二人と雑談をしながら。
三人はたわいもない話をしているうちにスッラの待っている公邸に到着した。
カエサルは自分の仲間二人に待っているように指示すると、衛兵二人を連れて自分のトーガを翻すようにして、スッラの待つ邸宅の中に躊躇なく入っていく。
スッラの部下は緊張した面持ちで、スッラの公邸に入り、執務室に向かう。
先ほどまでカエサルも軽口を叩いていたが、相手が無表情で話しかけても何も言わないスッラの従者だけになると18歳の若者も口を紡ぐしかない。
「この公邸は、なかなか荘厳なつくりだな」などと室内を支える石柱や飾りを見ながら、その作りについてひとりごとのように言いながら歩いていった。
執務室の扉を衛兵に開けさせて中に入った。
執務室は非常に大きな部屋で、中央奥の大きな椅子に座っている冷たい表情をした貯穀のような男がスッラらしかった。そしてその男を中心に左右にその取り巻きがいる。長身の若い武将や、東方の布をまとった商人のような人など。
カエサルは落ち着いて観察をしながら、真ん中に向かう。
そこに椅子にすわって考え事をしている冷酷な独裁官が待っていた。
スッラは、カエサルが少しおしゃれをしたトーガを身にまとい優雅に歩きながら、静かに自分の前に来ることをじっと見つめながら待った。
そして、カエサルが緊張したそぶりもなく簡単な挨拶をするのを待つ。
「ガイウス・ユリウス・カエサルでございます。本日は独裁官様にお会いできて感謝いたします。」
スッラは、笑顔を作ってカエサルを見ながら口を開く。
「突然の呼び出しにきてくれてありがとう、ガイウス。君の叔父のルキウスやガイウスとは私も仲良くやっていた。それが先年、私が不在時におきた不幸なできごとで亡くなってしまったことを残念に思う。
そして、君の父についても激務での過労であっただろうと言われているが、本当に残念であった。そんな心が落ち着かない状態であっただろうが、今日は少し君と話がしたいと思ってお呼びしたんだ。」
スッラが同僚の死を悲しんでいる風で、しかし、よどみなく話すのを聞きながらをしっかりと聞き、カエサルは改めて頭を下げる。
「スッラ様、ご配慮ありがとうございます。スッラ様とも一緒に元老院にて働けたこと、我が叔父たちも喜びであったと思います。また父にについてもご配慮いただいたこと本人に変わってお礼を申し上げます。」
とカエサルも流暢に、そして丁寧に独裁官に礼を伝えた。
スッラの周りにいた者たちは、カエサルの落ち着きよう、そしてその礼にのっとったふるまいに感嘆する。
世間のうわさでは、ろくでもない風だったが、このような状況でのこのふるまい。道理をわきまえた、利発な少年だと。
スッラは、そのような場の雰囲気を理解しながら、笑顔を見せる。
「ありがとう。ところで、ガイウスよ。君はローマの街を最近の若者風の服装や、恰好をして歩きまわっていて、多くの若者が君に憧れている、というが本当かね?」
「スッラ様、確かに少しこだわりをもったトーガの着方をしたり、飾りをつけてみたりしていますが、少し私の友が騒いでいるだけであり、多くの若者と言うほどではないと思います。本日も不敬ではありますが、最近のトーガの着方をしておりますが、スッラ様、また回りの皆さまがみて、奇抜であるとか、そういった印象は持たれないのではないかと思います。」
そういって、カエサルは自分のトーガを周りに見せ、軽い笑顔を見せる。
確かに、派手さはなく、ただ、折り目が少し面倒な感じに見える。
周りの人がカエサルに共感しつつあるのを覚えて、スッラはさらに話をつづける。
「ふふ、なるほど。それは悪くないな。私もそういったことを考える時期もあったものだ。
さて若きカエサルよ。君は、服装だけでなく、さまざまな女性とも関わりをもって遊び歩いているという噂がありますが、そのあたりはどうかな?」
カエサルは笑顔で答えた。
「スッラ様の若い頃の遊びに比べたら、子供のままごとのごとくでございます。」
周りから、おお、という声があがる。
「そうだな。わたしも若い頃は大きく羽目を外していたころがあったな。若い頃はいろいろと考え、動くことも大切だと思う。だから勘違いし内でほしいのは、君の振る舞いについて文句を言うわけではないさ。」
そこまで言ってさて、とゆっくり空気を吸いながらスッラがカエサルを見つめる。目は笑っていない。
「君にきてもらったのはただ世間話をするためだけではない。君は今、自分が直面している問題をご存じかな?」
独裁官の表情が冷たく、自分を評価しようとしているのがわかり、カエサルは少しだけ緊張をしつつもスッラを真正面に見据え答えた。
「はい、スッラ様。私は「コルネリウス組」のリストに名前が載っておりました。そこについてスッラ様のご配慮でリストからの削除を考え、私自身を見て判断されようとして、お呼びだしをいただいたと理解しております。」
スッラは、自分の目線を全く気にせず喋る若者を見ながらうなずきながら言った。
「そのとおりだ。私はまわりくどい方法は嫌いだ。だから君の考えを聞いて私自身が最終的な判断をしようと思う。」
そして質問をつづける。
「君はマリウスの意思をつぎ、民衆派を守ることを考えているか?」
「いいえ、そのようなことは考えておりません。」
と即答し改めてスッラを真正面から見据えるカエサル。
「そうか、今後、大人になり、年を重ねれば、元老院に入ることになるだろう。その際はスッラの良い味方となってもらえるか?」
うなずきながら、それでも丁寧にカエサルは切りかえした。
「スッラ様の施策が順当であれば支持いたします。順当でなければ、若輩者の疑問点に対して意見をいただきたいと思います。」
スッラはそこについて、なるほど、とうなずく。
「それは、スッラ自身につくというより、施策が良いものであればスッラにつくという考え方でよいかな?」
「はい、スッラ様がローマに戻ってこられて実施された元老院の増員の検討など、非常に私はすばらしい取組だと感じ学ばさせてもらいます。私もさらに研鑽を重ね、元老院に入りスッラ様の施策をさらに発展させられる人物になっておきたいと考えております。」
スッラは、若者をじっと見ながらうなずく。周りの者たちも同じ気持ちだった。
年上への物言い、礼儀、表現ともにわきまえられた素晴らしいものだった。
「カエサルよ、ローマの理想というのはどういったものだと考えるかね。私の考える理想は、元老院を中心とした国家が一体となって難事に当たれる体制だ。君自身はどう考える?」
スッラが放ったのは、カエサルが「反逆者」かどうかを確かめる、命がけの踏み絵だった。
カエサルはどこまでも優雅なすまし顔を崩さず、流れるような仕草で頭を下げた。 「スッラ様、私もポエニ戦争の時の体制は素晴らしかったと聞き及んでおります。ただ、私は未だ学びを広げている最中の若輩者。それよりも優れた理想の形態が、他にあるのか、あるいは無いのか……その問いにお答えするには、まだ私は学び不足なのかもしれません」
若者らしい謙虚さを装った、完璧な煙幕。 これで追及は終わるかと思われた。しかし、冷酷な独裁官はうすら笑いを浮かべ、獲物を捉えた蛇のような目でカエサルを射すくめた。
「そんなことはないだろう、カエサル。君が本当に従順なら、『私も全く同感です』と言えば済む話だ。わざわざ『学びを広げている途中』などと言い訳をするのは――私の理想とは【違う形】を、君が考えているからだ。」
(やはりこの男、誤魔化しは通用しないか)
心臓が跳ねるような緊張感の中、それでもカエサルはプライドを曲げず、不敵に微笑んでみせた。
「失礼いたしました。確かに、それよりも優れた体制がある可能性はゼロではないでしょう。そこを探し求める方法は、古のギリシャの歴史にさかのぼるか、あるいは、あのアレクサンドロス大王の軌跡を辿るか……方法もまた無数にあるように思えます。」
「ギリシャに学ぶものなどない。アテネの民主制など疾うに廃れた。アレクサンドロス大王は英雄だが、突出した個人による統治は我がローマにはそぐわないな。」
スッラは急に饒舌になり、ギリシャの政治や、東方のパルティア、さらに遙か東方の国々の統治体制について語り出した。カエサルもまた、貪り読んだ膨大な知識をもとに、独裁官を相手に一歩も引かずに議論を交わす。
――気づけば、部屋の空気は「尋問」から、高度な「政治討論」へと変貌していた。
ひとしきり語り終えたスッラは、ハッと我に返ったように口を閉じ、カエサルを食い入るように見つめた。その瞳の奥には、今まで以上の真剣さと、昏い警戒心が宿っている。
「なるほど。よく分かった。大いに学びを深めたまえ、若きカエサルよ。もし私より優れた国家の形態を見つけたら、ぜひ私に助言をしてくれ」 スッラは笑顔に戻った。だが、その目は一切笑っていなかった。
完璧な礼儀と、自慢のトーガを美しく翻す仕草を披露し、カエサルは優雅に執務室を去っていった。
扉が閉まった瞬間、スッラの表情から笑みが完全に消え失せた。
「……ユリウス・カエサル。あの若者は危険だ。」 スッラが吐き捨てるように呟くと、周囲の側近たちが驚きに顔を見合わせた。側近の一人が慌てて質問をした。
「スッラ様、彼は終始、礼儀正しく従順に振る舞っていたように見えましたが……」
「君たちには全く奴の本質が見えていない!」
スッラは激昂し、椅子を叩いた。
「本当に従順なら、私の理想に首を縦に振ればいい。だが奴は振らなかった。私の理想である元老院中心の統治とは『違う何か』を探している。奴の目の中には、あのマリウスが100人はいるぞ! 生かしておけば、必ず将来、民衆派の頭目となって我が門閥派に牙を剥くだろう。やはり今すぐ殺すべきだ!」
「お待ちください、スッラ様!」 スッラ派の重鎮である武将が制止する。
「先ほどの完璧なやり取りの後で、何の大義名分もなく彼を処刑すれば、助命を頼んできたコッタ老や神殿を完全に敵に回します。衛兵たちの手前、大義名分が必要です!」
スッラは忌々しげにため息をつき、頭脳を狂わせる。 「……分かった。ならば、奴の出方を試す『罠』を仕掛けよう」
冷酷な独裁官は、残酷な笑みを浮かべて命令を下した。
「カエサルに伝えろ。『生きたければ、今すぐ反逆者キンナの娘と離縁し、このスッラの縁戚の娘と結婚しろ』とな。快諾すれば手足を縛れる。もし、あの生意気なガキが妻への愛を優先して拒絶したなら――その瞬間、コルネリウス組を放って、奴の首を撥ねろ!」
独裁官スッラから、助命の引き換えに突き詰けられた政略結婚した妻との離縁要求。
18歳のカエサルは何を思い、どのように答えるのか?




