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思春期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
ローマからの脱出

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独裁官スッラ (改)

民衆派と門閥派が激しく争ってきたローマ。

内紛に敗れた民衆派は急速にその力を失いつつあった。

門閥派とされるコルネリウス・スッラが自分の武力にものを言わせてローマの最高権力者、独裁官に就任し、自分の権力に物を言わせて私兵集団「コルネリウス組」を設置し、民衆派を弾圧しはじめた。


ーーー自分の名前が書かれれば、翌朝には首と胴体が離れてしまう。

そう噂されているのが、独裁官スッラが作った私兵集団「コルネリウス私兵団」が持っている「罪悪のリスト」。

それは冷酷なスッラが権力維持のために邪魔者を排除するための殺害許可証だった。

「罪悪のリスト」を盾にローマ市内を好きなように暴れまわる「コルネリウス組」に市民は恐怖に震え、ただ眼を逸らすことしかできなかった。



男の名はコルネリウス・スッラ。執務室に座って仕事をしている様は年齢を感じさせず優雅で美しかった。だが、彫刻のような美しい顔出ちは表情を作り出さず、その眼は冷たく、感情があるようには見えない。幾多の戦争に勝ち続け、反抗する近隣諸国、反乱を起こした民衆派を撃破してきた戦争の天才にしてローマの政治を一手に持つ独裁官は「氷の悪魔」と言われ市民からも恐れられていた。


今、その部屋に来客を伝えるノックの音が部屋に響く。


来客が誰かを聞いた男は「通せ」とだけ冷たく告げた。

衛兵に許可され執務室に入ってきたのは、聖なるウェスタ神殿の巫女長だった。


冷酷な表情の男は顔色も変えることなく、淡々とした調子で巫女長に話しかける。

「ウェスタ神殿の巫女長様、ようこそいらっしゃいました。」

巫女長と呼ばれた初老の女性は、頭を下げてから、顔をあげる。

そして、回りをさっとみただけで、正面のギリシャ彫刻のような灰色の瞳を見ながら礼を言う。

「独裁官スッラ様、お目通りがかないましてありがとうございます。この度はスッラ様のおかげで治安がよくなり街区では市民が落ち着いた生活をとりもどすことができました。ありがとうございます。」

冷酷な男は表情を特に変えることもなく、うなずきながら答えた。

「ローマ市民の安全を守ることこそが我が使命。その使命を果たすことであなたに感謝を頂くことは、誇らしいことです。それで」とスッラは続けた。

「今日は、お礼のみを言いに来られたのでしょうか?」

初老の女性は、再び頭を下げて言った。

「いいえ。閣下にかかれば、私の心などすべてお見通しなのでしょうね。今日は、お願いがあってまいりました」

スッラは作り物の笑顔を浮かべ、巫女長に先を促す。 「私にできることとできないことがありますが、巫女様のお願いを伺いましょう」

巫女長は姿勢を正し、静かに告げた。 「私からのお願いは、子供のころウェスタ神殿で世話をしていたユリウス・カエサルを、どうか『罪悪のリスト』に入れるのをお止めいただきたいのです。彼は最近18歳になったばかり。政治的な活動もまったくしておりません」

その瞬間、スッラの唇に張り付いていた作り物の笑顔が、一瞬で凍りついた。

部屋の空気が一気に氷点下へと吹き飛び、周囲の衛兵たちが恐怖で息を呑む。

だが冷酷な支配者は、すぐに何事もなかったかのように自然な仕草で口を開いた。

「カエサルというのは……ユリウス氏族の、あのガイウス・ユリウス・カエサルのことで間違いないかな」 その声音には、先ほどまでの優雅さを切り裂くような冷徹さが混じっていた。

椅子に座ったまま、巫女長をじっと見て続ける。


「ガイウス・ユリウス・カエサルは、先年、市民を無秩序に殺戮したマリウスに連なる者です。若い分行動力もあるので彼が今後民衆を扇動していく可能性は否定できない。」

巫女長は支配者の威圧に耐えて頭を下げたまま、静かに返答する。

「閣下。彼自身の思想にマリウスに連なるものはありません。前任の法務官でありました父をなくし通例よりも早い16歳で家長になって必死に家を守っているのです。政治的な活動をする力もなく卑小の身。スッラ様の寛大な措置を賜りたく思います。」


スッラは、なるほど、とうなずきながら、巫女長に問いかける。

「巫女長様のお気持ちはわかりました。だが、実は助命の嘆願は多いんです。多くの貴族や騎士階級が私に嘆願をしてくる。その中で彼だけを特別扱いするというのは、法の下の秩序としていかがなものでしょうか?」

巫女長が反論できずに唇を噛んだ、その時だった。


失礼いたします!と制止する衛兵を遮り、白髪まじりの老人が入ってきた。

元老院の重鎮、アウレリウス・コッタ老だった。

「独裁官スッラ様、突然の訪問失礼いたします。ウェスタ神殿の巫女長様がガイウスの助命の依頼をしていると伺いました。わしも同じお願いをさせていただきたい。」


スッラの前まできて頭を下げると老人はまがった背中を伸ばせるだけ伸ばして、堂々した意見を述べた。

「スッラ様、なにとぞ、わしの娘の一人だけの男子ガイウスを命を救っていただきたい。」

スッラは、よぼよぼした老人を忌々しげににらみつける。

ウェスタ神殿の巫女長だけでなく、元老院でも絶大な支持を持つ法学の権威、コッタ老まで出てくるか。18歳の子供が、どれだけ各界の大物を味方に付けているのだ。実は巫女長の前にも何人かの元老院の者や神殿の関係者がカエサルの助命嘆願をしてきていたのだ。

カエサルを殺すことは容易い。だが、ここで神殿と元老院の両方を同時に敵に回すのは、あまりにも政治的損害が大きすぎる。

だが冷徹な脳は別のことを考えていた。

ここまで支持される子供を放置していいのか?

人となりを把握しておく必要があるだろう。

結論は出た。


スッラは静か自分の決定を口にした。

「わかった。お二人の面子に免じて、「罪悪のリスト」にすぐに載せることは見送ろう。だが――そのカエサルが、本当にお二人の言う通り『無害で家を守るのに精一杯な子供』なのかは、私自身の目で直接見極めさせてもらう。」

これはもう命令だった。

二人は深々と頭を下げる。

少なくともすぐに殺されるわけではない。

カエサルは自分で自分の価値を説明することができる機会が与えられることになった。


これはもう、最高権力者からの事実上の呼び出し命令だった。

「衛兵、今すぐユリウス・カエサルをここへ連れてこい。」

スッラの厳しい声が、冷え切った館内に響き渡った。

ウェスタ神殿の巫女長、コッタ老の力添えで直接の死を免れたカエサルに呼び出しがかかった。次回、カエサルはいきなり自分の命をかけて独裁官スッラと対峙することになる。

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