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一章6 「生き残った者たちの最初の温もり」

深い紫色の森の境界線を抜け、視界に広がったのは、どこか懐かしさを覚える石畳の街道と、赤茶色の屋根が連なる穏やかな街並みだった。


木上都市と呼ばれたその街の周囲には、巨大な石造りの防壁が巡らされている。門番の男たちは、ボロボロの軽鎧をまとい、泥だらけになりながら歩いてくる僕たちを見て、驚いたように目を見開いた。


「おい、あの深緑の森の方向から生還した奴なんて、何ヶ月ぶりだ……?」


「しかも、新人パーティの割に欠損が一人もいないぞ」


門番たちのざわめきを背に受けながら、僕たちはついに街の中へと足を踏み入れた。


      *


「――あぁぁぁ、生き返るぅぅぅ……っ!!!」


街の宿屋兼酒場『眠り猫亭』の木製のテーブルに、テオが顔を埋めるようにして突っ伏した。ボルドも大皿に山盛りにされたロースト肉の串を豪快に頬張り、ビールを飲み干しながら「生きている実感ってのは、こういう味を言うんだな……」と目を細めている。


テーブルの上には、湯気を上げる香ばしい肉料理や、チーズと温かいスープ、そして白くて硬めのパンが所狭しと並んでいた。どれも現代日本の食べ物とは違うけれど、あの死の恐怖が渦巻く森を生き抜いた僕たちにとっては、世界で一番贅沢なご褒美だった。


「レン、これ。スープ冷めちゃうよ。ちゃんとお肉も食べなきゃ、また倒れちゃうからね」


アリアが、僕の前に温かいスープの木皿をそっと出してくれる。彼女もすでに戦いの泥を洗い落とし、燃えるような赤髪を綺麗に結い直していた。緑色の瞳には、あの時のような恐怖ではなく、穏やかな日常の光が宿っている。


「ありがとう、アリア……」


僕はスプーンを手に取り、そっと口に含んだ。じわりと広がる塩気と野菜の旨味が、緊張しっぱなしだった胃の腑に優しく染み渡る。


1周目も、2周目も、この街の温もりを知る前に、彼らはあの森の泥と血の中に消えていった。あの凄惨な光景が嘘のように、今、僕たちはこうして同じテーブルを囲み、温かいスープを飲んでいる。


「にしてもさ、レンのあの指示はマジで凄かったぜ」


ボルドが串を置き、真剣な顔で僕を見た。


「藪の向こうから魔獣が飛び出してくるタイミングも、俺がどこで盾を構えればいいかも、まるで最初から全部見えてたみたいだった。……お前、一体何者なんだ? 勘が鋭いなんてレベルじゃねえぞ」


テオもフォークを止め、じっと僕の返事を待つ。アリアも、心配そうな、それでいて深い信頼の色を湛えた目で僕を見つめていた。


当然の疑問だ。特別な知識も武力もない現代人の高校生が、なぜ上位魔獣の奇襲を完璧に先回りできたのか。


「……特別な能力なんて、何もないよ」


僕は少しだけ目を伏せ、手元のスープの揺れる水面を見つめた。


「僕はただ……恐ろしい夢を見たんだ。あの森で、みんなが僕を庇って、次々に倒れていく悪夢を。起き上がった時もその恐怖が頭から離れなくて……だから、もし本当にそうなったらどう動けばいいか、必死に頭の中で考えてただけなんだよ。嘘じゃない。……二度と、あんな結末にならなくて本当によかった」


それは嘘偽りのない本音だった。タイムループのことや魔導書のことは言えなくても、みんなを救いたいという執念だけは本物だ。


ボルドはしばらく僕の顔をじっと見つめていたが、やがて「はっ」と鼻で笑い、豪快に僕の肩を叩いた。


「夢だろうとなんだろうと、結果として俺たちの命を救ってくれたのはお前のその頭脳だ。なぁ、アリア?」


「うん。私たちのために、あんなに必死になってくれたんだもんね。……ありがとう、レン。あなたがいてくれて、本当に良かった」


アリアがふわりと柔らかく微笑んだ。その温かい笑顔に、胸の奥がキュッと締め付けられる。


「よし! 明日はギルドに正式にパーティの登録に行って、今回のガルム撃退の報告もしようぜ。新米のくせにあんな上位魔獣の群れを出し抜いたなんて知られたら、受付の姉ちゃんも腰を抜かすんじゃねえか?」


テオが調子よく笑い、酒場の空気がパッと明るくなった。


      *


夜更け。酒場の喧騒が静まり返った自室のベッドで、僕は窓の外を見上げていた。


冷たい夜風が、開いた窓から静かに吹き込んでくる。アリアたちが無事で、こうして平和な夜を迎えられたことに、僕は心から安堵していた。


けれど――窓の外、街の防壁の向こうに広がる夜空を見上げたとき、ふと妙な違和感が胸をかすめた。


紫色の夜空に浮かぶ二つの月。その周りの空気が、どこかわずかに歪んでいるように見える。雲の流れとは違う、ゆっくりとした巨大な何かのうねりのような気配。


気気のせいだろうか。……いや、森を抜ける直前、境界線の向こうで見上げた空にも、かすかな圧迫感のようなものを感じた気がする。


「……気のせい、か」


僕は首を振り、窓を閉めた。


まずは明日、ギルドへ向かって冒険者としての第一歩を踏み出す。アリアたちと勝ち取ったこの穏やかな日々を絶対に守り抜くのだと、僕は静かに心に誓った。

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