一章5 「温もりの理由」
「ボルド、そのまま盾で二匹目の顔面を押し返して! テオは木の上から二匹目の顔の結晶を狙撃! アリアは、今すぐ一匹目の首の裏へ回り込んで!!」
僕の指示通り、三人は電光石火の速さで動いた。
ボルドが大盾で二匹目の巨躯を押し込み、体勢を崩したところへ、木の上からテオの火矢が二匹目の顔面の結晶へと突き刺さる。弾ける赤黒い水晶。
同時に、アリアが一匹目の死角である首裏へと鮮やかに滑り込み、その大剣を力任せに振り下ろした。
「これで……終わりなさいっ!!」
ガキィィィン!! と硬質な音が響き、一匹目の首裏の最大の結晶が粉砕される。一匹目と二匹目のガルムは、完全に感覚を奪われ、折り重なるようにして地面へ頽れた。
残るは、テオの先制火矢を受けて林の奥で混乱している三匹目だけ。
今なら勝てる――アリアの目に、一瞬だけそんな戦意の光が宿ったのを、僕は見逃さなかった。
「ダメだアリア、深追いしちゃダメだ!! 全員、今すぐ全速力で森を駆け抜けるよ!!」
「えっ……!? でも、今ならこのまま倒せるんじゃ――」
「あいつらは信じられないスピードで動き出すんだ! 最初の戦いの時だって、結晶を壊されてから数秒で何事もなかったみたいに動き始めてただろ!! 早く走って、追いつかれる!!」
普通の高校生である僕の、必死の悲鳴。それがアリアの戦士としての正気を取り戻させた。アリアは一瞬だけ唇を噛み、すぐに大剣を背負い直した。
「……分かった、レンを信じる! ボルド、テオ、走って!!」
「おうっ!」
「クソ、逃げ切るぞ!!」
木の上から飛び降りたテオを先頭に、僕たちは開かれた街道の突破口へ向けて、一斉に地面を蹴った。
一秒、二秒、三秒。
背後から、案の定、地鳴りのような猛り狂う咆哮が上がった。
僕の記憶通り、わずか数秒でガルムたちの硬直が解け、あの恐ろしい巨体が動き出したのだ。もしあのまま欲張って攻撃を続けていたら、今頃は背後から一瞬で踏みつぶされていただろう。
振り返らなくても分かる。家屋ほどもある巨大な三つの質量が、凄まじい風圧を伴って、僕たちの背後から猛追してきている。地面が激しく揺れ、走る足元が狂いそうになる。
「追いつかれる……ッ!?」
重い軽鎧を着たボルドの足が、わずかに遅れ始める。
一匹のガルムが巨大な前足を振り上げ、ボルドの背中へ向けて無慈悲に振り下ろそうとした。その光景は、1周目でボルドが圧殺された瞬間と完全に重なる。
(また、死なせるものか――!!)
「ボルド、今すぐ右の藪へ飛び込んで!!」
「ぬぉっ!?」
ボルドが僕の声に反応して泥臭く右側へローリングした瞬間、ドゴォォォン! と彼のさっきまでいた地面に巨大な爪が突き刺さと、クレーターを作った。
未来のタイムラインを知っている僕の指示だからこそ、ボルドのベテランの勘を上回る速度で回避させられた。
「テオ、正面の頭上の枝に火矢を!! 煙で奴らの視界を遮るんだ!!」
「これか!! 食らいやがれっ!!」
走りながらテオが上空へ向けて放った火矢が、街道を覆う巨大な枯れ葉の群れに命中する。
一瞬で爆発的な火の手が上がり、激しい黒煙が街道を包み込んだ。
数百もの結晶の『眼』を持つガルムたちにとって、急激な煙による視界不良は致命的だったのだろう。背後の足音が、明らかに混乱してガタガタと乱れ始めた。
「出口が見えた……っ!!」
アリアが叫ぶ。
紫色の不気味な空の向こうに、この禍々しい深緑の森の終わりを告げる、なだらかな草原の光が差し込んでいた。
「飛び込め――っ!!」
みんなで転がるようにして、森の境界線を越え、柔らかな草原の草の上へと飛び出した。
ハァ、ハァ、と激しい呼吸の音だけが草原に響く。
恐る恐る振り返ると――三匹の百眼の魔狼は、森の境界線の影で、ピタリと足を止めていた。
無数の結晶の眼をギラギラと光らせて、悔しそうにこちらを睨みつけている。だが、彼らはそれ以上、草原の側に足を踏み出そうとはしなかった。
「……追って、こない?」
境界線を一枚隔てただけで、嘘のように追撃が止まった。
あいつらはこの不気味な森の主だ。だから、森の外までは追ってこない。その事実を、僕たちは今、身を以て知った。
「はは……。生き、てる……?」
テオが、大の字に寝転がったまま、乾いた笑いを漏らした。
ボルドも大盾を放り出し、泥だらけの顔で草原の上に大の字になって空を見上げている。その横で、僕は自分の両手をじっと見つめていた。
(本当に……誰も死なさずに、あのバケモノから逃げ切れたんだ……。戦闘力ゼロの僕たちのパーティが、あの上位魔獣の待ち伏せを、本当に『ノーデスクリア』しちゃったんだ……)
じわじわと、信じられないような現実感が胸に押し寄せてくる。
アリアが、肩を激しく上下させながら、僕の前にゆっくりと歩み寄ってきた。
その緑色の瞳には、大粒の涙がたまっていた。
「レン……。ありがとう。あなたがいてくれなきゃ、私たちは確実にあの森で骨になってた。……本当に、私たちの指揮官になってくれて、ありがとう」
アリアが、泥に汚れた小さな手を、僕の前に差し出してくる。
1周目、2周目で、冷たく動かなくなってしまった、あの彼女の手だ。
いま、その手には、確かに温かい血が通っていて、生きて、僕を歓迎してくれていた。
「……うん。みんなが無事で、本当に良かった」
僕は彼女の手を握り返した。その瞬間、張り詰めていた緊張が一気に解け、目からボロボロと涙が溢れ出て止まらなくなった。
情けない高校生の泣き顔を見て、アリアたちは「おいおい、最高の軍師様が泣くなよ!」と、温かい笑い声を上げた。
初めて掴み取った、生存ルート。
普通の高校生だった僕の、終わりのない無理ゲー攻略記録に、初めての『完璧な勝利』が刻まれた瞬間だった。
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