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一章4 「二死の価値」

「そこだ、アリア、跳べ!!!」

 

僕の絶叫が街道に響き渡ると同時に、正面の藪が爆発されたように弾け飛んだ。

 

現れたのは、あの脈打つ赤黒い水晶を全身にびっしりと生やした、山のように巨大な『百眼の魔狼(ガルム)』。

 

1周目で僕たちを絶望させた、あの最初の一匹だ。


「グルゥゥゥゥ……ッ!?」

 

魔獣は、獲物を前にして咆郊を上げようとした。

 

だが、その喉が震えるより早く、すでに空中へと跳躍していたアリアの影が、魔獣の視界を遮っていた。

 

僕が十分前から指定していた、完璧な先制の一撃。

 

アリアは大剣を上段に構え、その緑色の瞳に強い闘志の光を宿している。狙いは、足首でも胴体でもない。


「おおおおおおっ、閃光斬(フラッシュ・エッジ)!!!」

 

キィィィィン、と鼓膜を揺らす鋭い光が爆発した。

 

アリアの放った最高威力の一撃が、魔獣の顔面に群生する『赤黒い水晶』へとピンポイントで叩き込まれる。

 

パリィィィィン!!!

 

硬質な硝子が粉々に砕け散る、鮮烈な音が響いた。

 

顔面の結晶の眼を的確にいくつか弾けさせられた魔獣は、僕が1周目で目撃した時と全く同じ、山が鳴るような短い悲鳴を上げた。


「キャインッ……グルゥ、ゥゥゥ……ッ!!」

 

巨躯が激しく揺らぎ、魔獣の動きがガクンと止まる。

 

弱点である感覚器官を潰されたことによる、完璧な硬直。


「本当に……止まった……!?」

 

着地したアリアが、自分の大剣の手応えに目を見張る。


「アリア、手応えを噛み締めてる暇はない、すぐにその場から離脱して! 三秒後に、ボルドの右後ろから二匹目が来る!!」

 

僕の叫び声に、アリアは反射的に地面を蹴って後ろへと跳んだ。

 

その直後――カウントにして、ちょうど『三秒後』。

 

ズゥゥゥゥン!!!

 

街道の右後方の林から、地響きと共に二匹目のガルムが猛烈な速度で飛び出してきた。

 

その巨大な爪が、さっきまでアリアがいた地面を深く抉り、クレーターを作る。

 

もし僕の指示が一秒でも遅れていたら、アリアは今度こそ肉塊に変わっていただろう。心臓が跳ね上がる。だけど、僕のチャートはまだ終わらない。


「ボルド、今だ!! 前を向くな、そのまま右後ろに盾を構えろ!!」


「うおおおおおっ!!!」

 

大柄な男、ボルドは、正面の一匹目にも、今飛び出してきた二匹目にも一切目を向けなかった。

 

ただ、僕の言葉だけを信じて、最初から『右真後ろ』に向けて、光輝く大盾を全力で地面に突き立てていた。


ドゴォォォォォォンッ!!!!!


二匹目の百眼の魔狼(ガルム)が、突撃の慣性のままボルドの大盾へと正面から激突した。

 

あまりの衝撃に周囲の地面がひび割れる。ボルドの口からガハッと血の泡が飛んだ。だが――。


「防いだ……!? 姿を見る前に、完全に合わせられたぞ……っ!!」

 

ボルドは、盾の裏で歯を剥き出しにして笑った。

 

1周目では不意打ちを喰らって一瞬で肉を裂かれたボルドが、あの大質量の一撃を、正面から完全に受け止めてみせたのだ。


「テオ、最後だ!! 左の林の奥、まだ姿は見えないけど、そこへ向けて最大威力の矢を放て!!」

 

街道の左側、木の上に登っていたテオが、魔術によって赤々と燃え盛る火矢を引き絞っていた。


「姿は見えねえ……。だが、レン!! お前の秒数を信じるぜ!!」

 

テオが指を離した。

 

パシュッ、と鋭い風切り音を立てて、火流の魔術を宿した矢が、一見何もいないはずの左の茂みの奥へと吸い込まれていく。

 

ドスッ。

 

肉に刺さる重い音。


「ガルゥゥゥゥ……ッ!?」

 

茂みの奥から、困惑に満ちた三匹目の百眼の魔狼(ガルム)の咆哮が上がった。

 

完璧な先制命中。姿を隠し、僕たちの背後を突くために息を潜めていた三匹目は、自分が姿を現す前に痛撃を喰らったことに、完全に混乱していた。


「――よし、全個体の出現を確認!! タイムラインの解体、完了(クリア)!!」

 

僕は拳を突き出し、戦場全体を見渡した。

 

1周目、僕たちを無慈悲に蹂躙した、あの完璧な『百眼の魔狼(ガルム)三匹の連携』。

 

一匹目が僕たちを引き付け、二匹目がボルドの死角から襲い、三匹目が逃げ道を塞ぐという、あの悪魔的な待ち伏せのチャート。

 

それが、今、僕が2回分の死(ログ)の中で集めた事実だけによって、完全に、バラバラに崩壊していた。

 

一匹目はアリアの閃光斬で弱点を潰されて怯み、動けない。

 

二匹目はボルドの大盾に突撃を受け止められ、体勢を崩している。

 

三匹目は姿を現す前にテオの火矢を受け、林の奥で立ち往生している。


「嘘だろ……。俺たち新米のパーティが、あの災厄級の上位魔獣を、手玉に取ってる……?」

 

木の上で、テオが戦慄したような声を漏らす。

 

アリアも、ボルドも、驚愕に満ちた目で僕を見ていた。

 

ただの、戦闘力ゼロの現代人の高校生。

 

だけど、僕の中にある『星蝕の魔導書(グリモワール)』は、この世界を支配する理不尽の行動を、秒単位で予知できる。


「みんな、まだ終わってない! 敵の硬直はあと四秒!!」

 

僕は目が血走るのを自覚しながら、叫び声を上げた。


「ボルド、そのまま盾で二匹目の顔面を押し返して! テオは木の上から二匹目の顔の結晶を狙撃! アリアは、今すぐ一匹目の首の裏へ回り込んで!!」

 

ここからだ。

 

ただ全滅を回避するだけじゃない。

 

「僕たちの反撃を始める。――あのバケモノどもを、完璧にハメ殺すんだ!!」

 

アリアが、大剣を握り直して不敵に微笑んだ。普通の高校生だった僕の、異世界レイドバトルが、本当の意味で加速していく。

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