パッサパサだよ
「ぐうううう……」
静まり返った部屋に、盛大なお腹の音が響き渡った。
「うっ………なんかもう定番な気がするけどお腹空いた……えっ!? もう3時!? おやつじゃん!!! お昼ご飯食べ損ねた………うう…」
彫刻刀を置いて自分の腹をさすりながら、桃が情けない声をあげる。夢中になりすぎて、すっかりお昼の時間を通り過ぎてしまっていたのだ。
そんな桃を見て、トパーズがくすりと上品に微笑んだ。
「安心なさい桃、私がお茶に合うスコーンを持ってきてありましてよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!!」
ぱぁっと顔を輝かせる桃に、トパーズは優しく目を細める。
「ふふ、たくさん食べなさい」
籠から出された香ばしいスコーンの香りが、作業の熱気が残る部屋にふわりと広がっていく。それを見た蒼が、眼鏡のフチをすっと押し上げながら立ち上がった。
「さて、職人さん達が働いた後は、次は僕も本気を出さなきゃね」
「お待ちなさいな、ちゃんと食べてから行きなさい」
すかさずトパーズに口へスコーンを突っ込まれ、蒼は「げほっ」と小さく咳き込んだ。
「パッサパサだよ!パッサパサ口の中パッサパサ!」
「ふふ、座って待ってなさいな。いまおばあ様直伝の魔法のお茶を淹れますわ」
口の中の水分をすっかり持っていかれた蒼が切実に呟くと、トパーズは満足そうにうなずいた。
トパーズが手際よくお茶の準備を始める間、桃はそっとベッドの方へと視線を向けた。
限界までテレパシーで指示を出し続けてくれたルビーは、今はすっかり深い眠りにつき、規則的な寝息を立てて穏やかな顔をしている。激しい苦みに耐え抜いた朝の顔とは違う、どこか誇らしげで安らかな寝顔だった。
「夕飯は、たくさん持ってきてあげないとね」
桃は愛おしそうにニコッと笑うと、すやすやと眠る「師匠」を起こさないよう、そっと毛布を掛け直してあげるのだった。
「1人で行こうとするなんて許しませんわよ、蒼」
トパーズに淹れてもらった温かいお茶を一口飲みながら、蒼がビクッと肩を跳ねさせた。
(……口の中パサパサ作戦はこのためだったのか……!)
横で見ていた桃は、トパーズの計算し尽くされた完璧な立ち回りに心の中で深く感心していた。単にお茶を飲ませるだけでなく、最初から蒼をその場に足止めするための愛のある作戦だったのだ。
「職人達の仕事だけだと思ってまして? あなただってずっと頭使ってますのよ。今糖分補給しなければ、禁書庫に着いても大事なことを見逃しますわよ」
トパーズはそう言って、スコーンの載った皿をさらに蒼の方へ押し出す。呆れ顔の中にも、深い気遣いが滲んでいた。
「……それもそうだね。倒れて君たちに迎えに来てもらうのも手間になるし、月夜に一緒に行こう」
蒼は降参したように苦笑いを浮かべ、素直にお茶とスコーンに手を伸ばした。
「蒼、ありがとう。その方が私も安心できる……今、みんな無茶しようとしてるから。みんなが誰かと一緒にいて欲しいんだ」
桃が真剣な眼差しでそう伝えると、部屋の中に優しく温かな空気が満ちていった。
パッサパサだよパッサパサ!口の中パッサパサ




