桃にだけは
「……すまない……っ。桃に……桃に会いたい……っ」
カタカタと震える膝をついたまま、蒼は両手で顔を覆い、掠れた声でこぼした。
ルビーが命を削って倒してくれたジノ。だが、あいつが残した冷酷な観測記録は、過去に桃がどれほど恐ろしい目に遭っていたかを残酷なまでに物語っていた。
そして、手記に記された「被験体ローズ」と「被験体サファイア」の共通項。
——やはり自分たちは、ただの偶然で迷子になったわけではない。遠く離れた世界で、同じ魂の対として引き寄せられ、このシステムの中で「入れ替わって」しまったのだと、蒼たちの確信へと変わる。
「……蒼。ここでの収穫は十分ですわ。お部屋にお送りします」
トパーズは蒼を支え起こし、静かに医務室を抜け出した。
重い沈黙の中、ルビーの待つ部屋の扉が見えてきたその手前で、蒼は足を止め、引きつった声でトパーズの袖を掴んだ。
「……トパーズ。頼む……。桃には、桃にだけは……自白剤のこと、絶対に言わないでくれ……っ」
その蒼の必死すぎる声音に、トパーズは痛切な瞳を向け、小さく、しかし力強く頷いた。
「……わかっていますわ。安心しなさい」
——カチリ、とドアの開く音。
「……あ、蒼! おかえり! ……って、え……!? トパーズ、蒼どうしたの……!?!?」
作業中だった桃は、戻ってきた蒼の様子がおかしいことにすぐさま気づき、目を見開いた。
「桃……ッ!!!」
「なっ、ど、どうしたの蒼!!????」
蒼は意識が切り替わった瞬間に、なりふり構わず桃へと抱きついた。
今まで見せたこともないほど激しく体を震わせ、桃の肩にしがみつく蒼の強い力。桃は戸惑いながらも、ただ事ではない雰囲気に息を呑む。
ふとトパーズに目をやると、彼女は「蒼が桃に抱きついている」という照れなど一切なく、固く結んだ唇のまま、そっと視線を落としていた。廊下での約束を胸に深く飲み込んで。
「……トパーズ……?」
トパーズは一呼吸置き、静かに口を開いた。
「……落ち着いてお聞きなさい、桃」
トパーズは消え入りそうな声で、ポツリ、ポツリと語りはじめた。
医務室で見つけたジノの手記のこと。
自分たちはただの事故ではなく、偶然同じ魂の対同士として引き寄せられ、この世界の「管理システム」に監視・被験体として追われているということ。
——桃を傷つけないよう、あの痛ましい真実だけは蒼との秘密として、心の奥底に深く封じ込めた。
静かに寝息を立てていたはずのルビーもまた、ベッドの上でその言葉をじっと聞いていた。




