観察ノート
「……ここにはありませんわね。鍵の開いた引き出しも、棚の薬品の陰も……本当に、普通のカルテばかりです」
トパーズがため息をつき、手を止める。
だが、蒼は部屋の隅——あの「入れ替わり」で倒れた生徒が横たわっていたベッドの足元を見つめていた。
「……トパーズ。ベッドの下だ」
「え? ベッドの下……ですか?」
「ああ。ジノ先生の性格を考えろよ。『綺麗に隠す』わけがない。見つかっても誰も読まないか、あるいは『どうせ雑多なゴミの山だ』と思って誰も漁らない場所に、無造作に放り込んでおくはずだ」
蒼は床に立ちつくしたまま、ベッドの足元に乱雑に積まれた古い書類の束を引っ張り出した。埃をかぶった紙の山をめくっていくと、その中の一冊、表紙すらないボロボロのノートに行き当たる。
「なっ……! これ……手書きの記録……?」
「ジノ先生の自筆だ。表向きのカルテとは別に、独自につけていた観測ノートだな……」
蒼は眼鏡の位置を直し、息を呑みながらその掠れた文字を目で追いはじめた。
そこに書かれていたのは、ジノ自身の筆跡による、あまりにも冷徹な尋問と観察の記録だった。
【被験体ローズ】
自白剤投与 1日目
・自分は「桃」と名乗る。
・入れ替わりの日時:13時頃。天気:曇天。月の満ち欠け:記憶なし。
・直前の記憶:落ちそうな子供の救出。
・目撃証言:線路内にいた子供を救出するために列車と衝突。
・所持品:
産業革命期の遺産「列車」:魔法革命時の認済み
産業革命期の遺産「かぎ針」:魔法革命時の確認済み
被験体ローズ(桃)
自白剤投与 2日目
・背格好、目の前のローズと同様の認識。
・ローズと同様の魂と見て間違いない。
被験体ローズ(桃)
自白剤投与 3日目
・これ以上新しい情報を引けそうにない。観察は終わりにする。
【被験体サファイア(蒼)】
・原因は「魔法石の暴走」だと他の生徒は言う。何かを叫んでいたとの証言あり
・産業革命期の遺産:被験体ローズと同じく「列車」確認済み
・他の生徒の守りが固く、まだ自白剤の投与までできていない。
「——っ……!」
手記を読み進めていた蒼の体が、激しく揺れた。
足元から力が抜け、蒼はその場に崩れ落ちるように膝をついた。両手で頭を抱え、文字通り、全身をカタカタと小刻みに震わせ始める。
「……蒼……?」
「……は……?? 自白剤……? 桃、そんなことされて……」
蒼の唇が恐怖とショックに引きつり、掠れた声がこぼれ落ちる。
「僕も……危なかった……。あいつ、僕たちを……ただの『被験体』として……こんな……こんなこと……!」
自分のあずかり知らぬところで、向こう側の世界にいた桃が冷酷な尋問と薬物の投与に晒され管理下に置かれていた事実。そして自分もあと一歩でその餌食になりかけていたという生々しい恐怖が、蒼の精神を苛む。
トパーズは息を呑み、震える蒼の肩にそっと手を置いた。
冷たい怒りが胸の奥で煮え滾るのを感じながら、瞳に強い決意の光を宿す。
(人間を、ただの観察対象として……許せませんわ……!)
二人はジノ人形の足音が近づく前に静かに手記を戻して医務室を抜け出し、重い沈黙を抱えたまま、傷ついたルビーの待つ部屋へと足早に向かった——。
この作品はフィクションです。
実際の自白剤とはなんの関係もありません。




