返事なんてしなくていい
「ルビー、私たちみんなも少し休もう。痛かったでしょ、寝られてないよね?」
桃の言葉に、ベッドの上のルビーはわずかに首を横に振ろうとしたが、全身を駆け巡った疲労の波には勝てず、苦しげに目を伏せた。
「ダメだよトパーズ。ルビーを休ませるなら私たちも寝てからにしなきゃ……ね?」
桃がすでに歩き出しているトパーズの肩をそっと押さえ、休むよう促す。トパーズは少し不服そうにしながらも、ベッドの端に腰を下ろした。
一同はしばらくの間スウスウと寝息をたてた。
静まり返った部屋のドアが音もなく開いた。
「あっ、言い忘れてたや」
入ってきたのはジノだった。過度な威圧感こそないものの、その冷ややかな瞳には相変わらず他人事のような軽薄さが張り付いている。
「マスター様ぁほら今日の魔力供給ですよー」
ボコん
「……終わったら早く帰りなさい、何の用ですの、ジノ」
トパーズが鋭い視線を向けるが、ジノは気にする様子もなく、淡々とカルテのような紙片をめくる。
「別に〜忘れてた事あってさー。そうそう」
ジノは部屋を出て行く間際に、ひらひらと手を振ってみせた。
「今日から、稚魚くんも少しはマシな食事がいいだろ。――ほら、粥状のものなら食えるから、誰か食べさせてあげたら?じゃないと今度は餓死かもねぇ?」
それだけ言い残すと、ジノは足音を立てずに部屋を去っていった。
重苦しい静寂が戻った部屋の中で、桃が小さく息をつく。
「っ…ふふ、あはは、餓死か、私もお腹空いたなぁ! 私と蒼で食堂からご飯取ってくる!! トパーズはルビーにいつもの薬飲ませてあげて!!! 蒼! 行こう!」
「ちょ、桃、そんな引っ張ら――」
勢いよくそう叫ぶと、桃はぐいぐいと蒼の腕を引っ張ってそのまま部屋から飛び出していく。バタンと重い扉が閉まり、室内の喧騒がスッと引いた。
「っ、待ってください! 2人がいなかったら監視の目が……が、……あっ、本物のジノはもういませんでしたね……」
1人残された部屋で、トパーズはふうと小さく息をつく。ついさっきまで1人で禁書庫へ突撃しようとしていた自分の気負いを思い出し、自嘲気味に頭を振った。
「……私も、疲れてますわね」
誰もいないと思っていた静かな部屋で、トパーズはベッドの端に腰掛け、ルビーの冷えた手をそっと包み込むように握りしめた。
昨夜から続く過酷な拷問のような治療、そして今日に至るまでの極限状態。
「ルビー……ごめんなさいね。私、あなたをあんな苦しい目に合わせる医務官から人形からも、何も守ってあげられなくて……もっと上手く立ち回れたら、あなたに禁術やあんな痛い思いをさせずに済んだのに……」
自分を責めるように、トパーズの瞳が少しだけ潤む。
その時だった。
『――は? オレは強い魔法ぶっ放せて気持ちよかったぜ。やっぱりいいな、魔法使いって憧れるぜ』
「!? コイツ、直接脳内に……!?テレパシーですか!? ルビー、あなた、そんな魔法使えたんですか!?」
思わず声を荒らげ、トパーズは目を見開いてベッドの上のルビーを凝視する。しかしルビーは声を発することすらできず、ただふふんと得意げに鼻を鳴らした。
『ずっと使おうとしてたんだけど。桃と蒼がいたからさ、あの二人の「魔力無効」に巻き込まれてかき消されちってさ、今日初めてやったにしては上手くできただろ?』
ベッドの上で、ルビーは不敵に、そしてあの悪戯っぽく「にかっ」と笑ってみせる。喋れなくとも、その表情はいつもの生意気でタフなルビーそのものだった。
『だからこうして、2人がいない時を見計らってさ。……なぁトパーズ、一人で抱え込みすぎだぞ』
脳内に直接響いてくるルビーの軽口に、トパーズは呆れたように息を漏らし、そして――張り詰めていた胸の奥が、ほんのりと温かくほどけていくのを感じたのだった。
『なぁトパーズ、オレはあの時の言葉、嘘偽り無いからな』
「あの時の……!?」
過去の記憶が一瞬でフラッシュバックし、トパーズの顔が一気に赤く染まる。
「待ってください! あれは医務官を欺くためのブラフでしょ!?」
『オレがそんな器用なこと出来るかよ。返事なんてしなくていい、オレはお前が大切だ』
(お粥とファミ◯キください)




