恨んでないよ…
東の空が白み始め、窓からやわらかな朝の光が差し込む頃、ようやく薬の激痛の波が引き、ルビーの呼吸が落ち着いて変わっていた。
一晩中、激痛で暴れそうになるルビーを交代制で必死に抑え込み、冷やし続けていた全員が、床や椅子に倒れ込むようにして息をつく。
そこへ、軽やかな足音とともに扉が開いた。
「やぁ〜生きてる〜??? あー生き残ったね、よかったよかった」
パチ、パチ、パチ、と白々しく手を叩きながら入ってきたのは、相変わらず呑気な顔をしたジノだった。
「後学として知っておきたいから感想聞かせてよ」
へらへらと笑いながら覗き込んでくるジノを、座り込んだままのトパーズがキッと強い視線で睨みつける。怒鳴りつけたい気持ちは山々だが、一晩中ルビーを支え続けた体は指一本動かすのも億劫なほど疲れ切っていた。
その拍子にハッと目を覚ました桃が、体を起こして叫ぶ。
「あ、ジノ……!! 恨んでないよ…! でもね、先に言っといてくれたら無茶なんてさせなかったの!!!! どうしてこんな拷問みたいなひどいことできるのよ!!!」
必死な桃の抗議に対し、ジノは肩をすくめ、心底心当たりがないといった様子でうそぶいた。
「だって聞かれなかったし?? 勝手にやって勝手に悪化しようとしてたのは君たちのせいじゃないか」
「〜〜〜〜っっ!!」
ぐうの音も出ない正論(?)を突きつけられ、桃は言葉を詰まらせて悔しそうに拳を握りしめる。
しかし、ベッドの上で疲れ果てて横たわるルビーは、喉の痛みに耐えながら、静かにジノを見つめていた。その瞳には、ジノへの怒りだけでなく、「なんとしても治してこの試練を越えてやる」という静かな闘志が宿っている。
「……ま、死ななかっただけ儲けものってことで。今日のところは大人しくしてなよ?」
へらへらと笑いながら見下ろすジノに対し、床に伏せたまま動けない蒼が、静かに頭を持ち上げた。
一晩中ルビーを支え続け、体力も気力も底をついている。それでも、その瞳だけは澄み渡り、強い光を宿していた。
「……ジノ」
床に伏せた姿勢のまま、蒼はかすれた声で呟くように、しかししっかりとジノの目を射抜いた。
「どこまでできるんだ……どこまでならやっていいんだ、先に言ってくれ」
ルビーの「作りたい」という強い意志、そして桃やトパーズの譲れない想い。それらを全部汲み取った上での、命を削らないための切実な『境界線』の確認だった。
ジノの薄笑いが、ほんの一瞬だけぴくりと止まる。
「へぇ……まるでボロ雑巾みたいになってるのにまだこんなの作りたいの?はぁーお熱い〜青春ドラマだなぁ」
ジノは小さく鼻で笑うと、懐に手を入れ、冷徹な眼差しで4人を見下ろした。
「どこまで、ねぇ。……稚魚くんの命と魔力経路を完全に破綻させない範囲、と言いたいところだけど。今の稚魚くんの体でまともに許される『作業』なんて、せいぜい1日1時間の指先だけの指図だね」
「1時間……!?」
トパーズが息をのむ。
「それ以上やらせてごらんどころか、また昨夜みたいに『自業自得のお薬タイム』が増えるだけだよ? 喋るのも、立ち上がるのも論外。指示はすべて紙に書かせるか、手振りだけにさせること。それが死なずにオルゴールを完成させる、唯一の『境界線』だ」
ジノはそう言い捨てるように告げると「じゃあまたね」ひらひらと手を振って部屋のドアを閉めた。
バタン。
静まり返った部屋の中で、蒼は深く息を吐き、床に額を押し当てた。




