や、やばい
ベッドの上で横たわるルビーは、未だ全身の重い怠さと痛みに縛られていた。指先ひとつ動かすのも億劫で、喉は灼かれるように熱く、とても声を出せる状態ではない。
「……ルビー、無理に喋らなくていいからね。声、出すと痛いでしょう?」
ベッド脇に椅子を寄せた桃が、優しく語りかけてくる。ルビーは申し訳なさそうに、微かに目を伏せることで応えた。
桃は大切そうに、工具箱の脇から一本のスケッチを取り出した。
そこに描かれているのは、桃があちらの世界から持って来たヴィクトリア調の重厚で美しい『シルバーのかぎ針』。
「……あのね、ルビー。私、どうしてもこのオルゴールの外箱に刻みたい模様があるの」
桃は無機質な試作品の箱を見つめながら、愛おしそうに言葉を重ねる。
「私たちが今こうやって集まって、みんなでひとつのオルゴールを作れているのって……最初にこのかぎ針が出会わせてくれた奇跡のおかげでしょう? だから、このかぎ針の綺麗な模様を、みんなの想いと一緒に箱に刻みたくて……」
ルビーは静かに目を開き、桃の表情を見つめた。
言葉は出せない。けれど、その瞳には「いいアイデアだ」という温かい賛同の色が宿っていた。ルビーはゆっくりと、一度だけ深く頷いてみせる。
「本当……!? ふふ、よかった! じゃあ、ルビーは声をかけずに、私が間違えそうになった時だけ手元で合図してね」
桃がノートとペンをルビーの枕元に置くと、ルビーは震える手でペンを握り、真鍮板に刻むための基準線や「タガネ(彫刻用ノミ)をあてる角度」の簡単な図をサラサラと書き添えた。
言葉はなくとも、図面を見ればルビーが何を伝えたいかが手に取るように分かる。
「うん、分かった! ここを斜めに倒して、トントンって叩けばいいんだね」
コン、コン、と心地よい金属音が部屋に響き始める。
桃の素直で丁寧な手付きは、ルビーの描いた図面を吸い込むように正確に形にしていく。
途中で角度が少しズレそうになると、ルビーが小さくベッドの枠を「トントン」と指先で叩いて合図を送る。桃が「あ、ここだね!」と修正すると、ルビーは満足そうに瞳を細めた。
声を出さずとも完璧に通じ合う、二人だけの静かで温かい作業時間。
無機質だったただの箱の四隅に、桃の手によってピカピカに磨かれた真鍮のヴィクトリア調レリーフが嵌め込まれていく。
まるで、冷たかった機械に、みんなの出会いを感謝する温かい血が通っていくかのようだった。
「見てルビー! すっごく綺麗な模様になってきたよ……!」
桃が嬉しそうに見せるパーツを視線で受け止めながら、ルビーは「上出来だ」と伝えるように、微かに口元を緩めてゆっくりと瞼を閉じたのだった。
「明日は、側面の細かい透かし模様に入ろうと思うの。ルビーも今日は目を休めてーー
バン!!
おーーい入ってますよーってあれれ?この禁忌魔法の重症患者はへぇ〜なんか元気そうにクリエイティブやってんねぇ〜僕の治療なんていらないってことだろうねぇ〜帰っていい??」
入り口に立っていたのは、ランタンの光を背に浮かび上がらせたジノだった。
冷ややかな笑みを浮かべつつ、部屋の中に漂う真鍮の削り屑と金属の匂いを一瞬で見抜いている。
「待って!!!これ私がやってたやつだからルビーは寝てただけだから!!!」
「あっそっ???なら僕も仕事しなきゃかー。ずっと睡眠とってて欲しいくらいなのにずっと起きててコレじゃ治るもんも治らないんじゃない?治してあげたいんだったら君も無茶させちゃダメだよね〜?コレ飲ませるなんてどう?仕方ないね?仕事だし?コレキメるしか無いよね??」
(や、やばい…)




