誰にも言わないで……!
気がつけばずっと目で追っている
あなたを守れる強さが欲しい
邪魔するものは全て壊してやる
ルビーとサファイアのふたりと別れ、一人部屋へ向かう道。
夜風が心地よく頬を撫でる中、ふと敷地の外にある一本の大きな木が目に入った。
ふいに人の気配を感じて足を止める。
こんな夜遅くに誰だろうと気になり、気配を消して外へ出ると、木の裏手へと回り込むように覗き込んだ。
そこにいたのは——思いがけない人物だった。
魔法科の華やかな制服を脱ぎ捨て、泥と汗に汚れたジャージ姿のトパーズ。
「……ハッ……! くっ……!」
昼間の完璧で冷艶な「トパーズ様」の面影はどこにもない。
髪は乱れ、額から流れる汗が地面にポタポタと落ちている。もう何時間もここで打ち込んできたのだろう。息は激しく荒れ、肩が大きく上下していた。
それでも彼女は休むことなく、一心不乱に魔法の練習を重ねている。
誰も見ていないこんな場所で、血の滲むような努力を泥臭く積み重ねているその真剣な横顔。
そんなにまでして努力を重ねる姿に、桃は思わず琥珀の面影を重ねていた。いつも努力家だった琥珀に、トパーズは本当にそっくりだった。
昼間に冷たく突き放された寂しさが吹き飛んでしまうほど、そのひたむきな姿は桃の心を強く揺さぶっていく。
一心不乱に魔法を繰り出していたトパーズが、ふいにピタリと手を止めた。
「……誰」
鋭い声とともに、トパーズがこちらへ振り向く。
隠れて見ていた後ろめたさもあり、桃の胸はドキンと跳ね上がった。気まずさのあまり、喉がキュッと縮んでうまく声が出ない。
「あ、あの……! す、すみません! その、別に覗き見するつもりじゃなくて……っ!」
焦れば焦るほど舌がもつれ、手足をバタバタとさせて挙動不審になってしまう。冷たく追い払われるか、あるいは魔法を向けられるかと身構えた——けれど。
(……え?)
なぜかトパーズまでもが、目を見開いてあからさまに動揺していた。
昼間のあの完璧で冷徹な態度はどこへ行ったのか、子供のように焦っている。
「ここで会ったことは、絶対に誰にも言わないで……!」
トパーズはそれだけ早口で捲し立てると、ジャージの裾を翻して逃げるようにその場を走り去ってしまった。
「あっ……!」
その拍子に、彼女のポケットからひらりと一枚の白いものが落ちる。
「待って、ハンカチ落ちたよ……!」
桃はそれに気づき、駆け寄ってハンカチをサッと拾い上げた。
急いでトパーズの後を追いかけようと周囲を見回すが、彼女の足は驚くほど速く、大きな木の影と夜闇の向こうへすでに姿を消していた。
静まり返った一本の木の下で、桃の手元にはほんのりと汗の温もりが残る、小さな刺繍のついたハンカチだけが取り残されていた。




