稚魚
「ほら〜、喉焼けたところ見せて〜? ……え? こんなに元気だから見なくてもいいって?? さすが無謀で若いだけの稚魚だなぁ。禁術使って治療しないバカがどこにいるわけ?」
白衣の袖をまくり上げながら、ヘラヘラと底意地の悪い笑みを浮かべて近づいてくるジノ。
(なんでこいつに治療されなきゃいけないんだよ!!!!)
ベッドの上で、ルビーは声にならない叫びを上げながら、青筋を立ててジノを激しく睨みつけた。
「やれやれ、マスター様にコレだけ嫌われてるなんて、オリジナルは一体どんな酷いことやったんだろうねぇ? まぁ僕には関係ないけど。仕事──というか『命令』だし、医務官としてちゃんと働くよ。ほら、口開けて」
(ふざけんな! さっきまでの時間を返せよ!!!!)
──時は戻って、2時間ほど前。
「おはよう! とりあえず道具の手入れだけは先にしといたよ、二人はもう禁書庫に向かったよ!」
ベッドの上で顔を上げようとするルビーに、桃がやわらかく微笑みかける。
「あ、ルビー! 起きなくていいよ。まず水分とか摂らなきゃ……飲めるかな?」
ルビーが感謝を込めて小さく頷くと、桃は慌ててストロー付きのコップを口元へ差し出した。
「ゲホッ……っ、ゴホッ!」
「ご、ごめんね! そうだよね、喉やってるんだもんね……でも水分摂取しなきゃ。ゆっくり、ゆっくりね」
桃の健気で温かい看病に、ルビーの胸はほんの少し救われていた。
「ごめんね、恥ずかしいかもしれないけど体もキレイにさせてね」
丁寧に身体を拭いてくれる桃の優しさに、荒んでいたルビーの心がじんわりと温まっていた──その頃。
一方──ホコリと古書の匂いが満ちる禁書庫にて。
トパーズと蒼は、早朝からそこに留まり、禁書の解読に没頭していた。危険な記述が残る本を自分たちの部屋へ持ち込むわけにはいかない。そのページを繰っていた蒼が、ある記述に目を留める。
「トパーズ、見てくれるか。こんな興味深い魔法があった──“複製人間”の魔法だ。禁呪かどうかまでは俺には判断がつかないが」
「ふむ……あら、この程度でしたら私ならノーリスクでいけますわ。あそこで倒れている医務官が1ヶ月も不在となれば、一番困るのは生徒たちですからね……悔しいですが、背に腹は代えられませんわ」
トパーズは卓越した魔力と緻密な制御で、その場で速やかに術式を展開した。そうして生成されたのは、姿形も、声も、人を食ったような態度までもが本人そのものの『ジノの模倣人形』だった。
「ん? キミが僕のマスターかい?」
まばたきを一つし、ヘラヘラと呑気に首を傾げる人形。
「────!!! 見てるだけでムカつきますわ!!!!!!」
トパーズの凄絶な叫び声が禁書庫に響き渡り、そしてトパーズたちは連れてきたジノ人形を男子寮の部屋へと押し込むことになったのだった。
──そして、現在。
激しく抵抗するルビーに対し、額に青筋を浮かべたトパーズが凄まじい威圧感を纏って立ち塞がっていた。髪の毛の一本一本にまで憎悪が走っているかのような迫力だ。
「ルビームカつくのはとっても、とーーーーーーーってもわかりますが、この男本気を出せば腕は立つらしいですわ。この人形はアイツを模倣して私の命令一つだけ従っているだけなので、私達にはなーーーーんにも害はありませんの。……もちろん、性格も模倣してますけれどね????」
「ひっ……ま、まぁ私たちじゃ専門知識もないから、見てもらうだけならね? 仕方ないよルビー」
怒気と怨念を撒き散らすトパーズの横で、桃がひきつった笑顔で哀れむようにルビーをなだめる。
さらに、ノートを手にした蒼が、口元をピクピクとさせながら笑いを必死に噛み殺していた。
「そうだぞ、治療はちゃんとしてもらえ。……注射を嫌がる子どもじゃないんだからな」
(お前ら……!!!)
味方からの容赦ない援護射撃(と煽り)に、ルビーは喉から『ッ……、……ッ!!』と悔し紛れの息を漏らし、絶望的な顔で天を仰ぐのだった。




