一緒に作る
旧保管庫を出て、血臭を漂わせながら男子寮へと急ぐ4人。
「ちょっと! 女子は立ち入り禁止――」
廊下で行き当たった寮監の呼び止めを、トパーズは一瞥すらしなかった。
「緊急事態ですわ! 邪魔をお控えなさい!!!」
気品すら感じさせる凄絶な一喝。いつもなら絶対にルールを破らないトパーズの鬼気迫る表情に圧倒され、立ちふさがろうとした寮監は言葉を失い、そのまま道を開けた。
トパーズが男子寮の構造を知るはずもない。このバカで真っ直ぐな仲間思いの魔力の残渣を必死に手繰り寄せ、迷うことなく廊下を駆け抜けていく。
「ここですわ……!」
ルビーと蒼が同室として使っている部屋の前で立ち止まり、トパーズが扉を勢いよく押し開けた。
「……助かる、トパーズ」
蒼が背中のルビーを部屋の中へと担ぎ込み、ベッドへ静かに身体を横たえさせる。敷布団があっという間に彼の口元から垂れる赤黒い血で汚れていく。
「水とタオルを持ってきますわ! !」
トパーズはローブの裾を翻して部屋の洗い場へ走り、桃は溢れる涙を袖で拭いながら、震える手でルビーの背中を抱えた。
「ルビー、しっかりして……っ、痛いのどこ……?」
「がふっ……っ、ゲホッ……!」
激しく咳き込むたび、ルビーの口から血の塊が吐き出される。
ジノの声帯を直接焼き尽くした凶悪な禁術──その灼熱の反動は、ルビー自身の喉をも容赦なく焼き苛んでいた。
「じっとしてろ。今、冷やした布を当てる」
蒼が手早くルビーの襟元を緩め、トパーズが絞ってきた濡れタオルをルビーの首元と胸元に当てる。
じゅう、と音が立ちそうなほどの熱を帯びたルビーの肌に触れ、トパーズの胸が痛みに締め付けられた。
「あんな……あんな無茶な魔法……! あなたの真っ直ぐすぎるバカさ加減には、本当に呆れますわ……!」
責めるような言葉とは裏腹に、トパーズの目からはボロボロと大きな涙がこぼれ落ちていた。
「……んぐ……っ、……ト……パーズ……」
喉が焼き切れて声にならないかすれ声で、ルビーがうわ言のようにトパーズの名を呼ぶ。
「喋らないでくださいまし! ……わかっています、わかっていますから……!」
トパーズはルビーの血で汚れた手をぎゅっと両手で包み込み、自分の額をその手に押し当てた。
──嘘なんかじゃない。
このバカは、本当にただ愚直に、真っ直ぐに自分を守るためだけに、その身を灼く炎に飛び込んだのだと、痛いほど伝わっていた。
「……呼吸は落ち着いてきたな。だが、喉の損傷が激しい。しばらく声は出せないだろう」応急手当を終えた蒼が拭った手を払い、「禁書まだ全部見終えてない……」そう焦るように呟く
「私が……ルビーの看病も、オルゴール作りも全部やるから。二人は禁書の解読に集中して」
涙を拭い、必死に胸を張る桃。しかしその声は微かに震えていた。あと10日というタイムリミットの中で、あのディスクオルゴールを自分一人で完成させられるのかという不安が、どうしても胸を掠める。
その時、ベッドの上でルビーがガタリと身を起こした。
「ルビー!? ダメ、まだ動いちゃ――」
制止しようとする桃を制し、ルビーは枕元にあった紙の切れ端とペンを引ったくるように掴む。激しい吐息をつきながら、滑り止めのように血の滲んだ手でペンを走らせた。
乱雑な、けれど力強い筆跡で書かれた言葉を、桃は息を呑んで読み上げた。
『オレと一緒に作る』
「ルビー……?」
ルビーはペンを置くと、まだ熱を帯びた手で桃の腕をぐっと掴んだ。喉からは『ッ……、……ッ』と掠れた息が漏れるだけだ。けれど、その力強い瞳ははっきりと訴えていた。
『喋れなくたって、手は動く。一番大事な金属の削り出しも穴あけも、オレが教える。お前一人で背負うな』
言葉にならない彼の熱量に触れ、桃の瞳からポロポロと涙があふれ出した。
「……うん! うん……っ、一緒に作ろう、ルビー!」
その様子を静かに見守っていた蒼が、机から一枚の羊皮紙を取り出して二人の前に広げた。そこには緻密な計算式と、ミクロン単位の歯車比が記された内部機構の完璧な設計図が引かれていた。
「……機構の設計と計算なら、俺がやる。禁書の解析の合間に精度を詰めて渡す」
「感謝なら完成してからにしてくださいまし」
トパーズは目元を拭うと、ベッドの脇にあった精密研磨用の小さなヤスリを取り上げ、カチリと音を立ててルビーの枕元に置いた。
「言っておきますけれど、櫛歯の調音を担当するのはこの私ですわ。」
どこか嬉しそうなその言葉に、ルビーは『けっ』と口元を鳴らそうとして激しくむせ込み、トパーズに「だから喋るなと言っていますでしょう!」と叱られた。
「うん。……この完璧な仕組みと音を一番綺麗に響かせる箱、私が絶対につくってみせる!」
泣いて守られているだけの時間はおしまいだ。
桃の瞳から迷いが消え、ルビーの工具箱から木工用のノミを握りしめた。




