↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法のない普通科で。    作者: ワイ
キミの思いと桃
70/148

全部、全部楽しかったよ

「……すまねぇ、トパーズ……」

ルビーが乱暴に髪を掻きむしり、押し殺したような声で呟く。その言葉に、蒼が重い表情で静かに首を振った。

「ルビー、重苦しく言うなよ。君が自分を責めることじゃない」

「違う。そういうことじゃないんだ」

ルビーは顔を上げ、悔しさと底知れぬ恐ろしさが混ざり合った瞳で、作業台の上の鍵とトパーズを交互に見つめた。

「俺たちは……ずっと遊ばれてたんだよ。あいつは桃が寝込んでいた時からずっとずっと、桃のことを監視してた。産業革命なんて存在しない――あいつは、そう言い切っていったんだから……!」

作業台の上に沈黙が落ちる。自分たちが必死に手掛かりを集め、傷つき、支え合っていたこの1ヶ月間。そのすべての時間と試みが、あの医務官の掌の上で娯楽として観察されていたという不気味な侵食感。

「……違いますわ、ルビー……!」

トパーズは簡易ベッドの上で浅い呼吸を整えようと胸元を押さえ、痛む頭を揺らしながら言葉を絞り出す。

「入学した瞬間、空気がピリッと変わったの……分かりましたか……!? あの時は環境が変わるからそうだと思っていましたけれど……違いますの……あれは、全員を監視する目だったのですわ……!!」

「……っ、あの空気感が……あの男の監視魔法だったってことか……!?」

ルビーが息をのむ。トパーズの悲痛な訴えに、蒼の思考が一気に繋がっていく。

「……よくわからないが。アンチ魔法は魔力を探知して干渉する仕組みってこと?……。でも桃や僕のように『産業革命』の方から来た人間には魔力が存在しない。だから桃や僕が近くにいる場所は、あの医務官の魔法も監視も届かない『完全な死角』になると……!」

「そうですの……! 桃がこちらに来てから、私へのアンチ魔法は消えていましたわ。桃と私が近くにいる限り……桃は私を守ってくれていたのです……!」

トパーズはベッドの上から桃の手を強く握り返すと、熱の籠もった瞳でじっと桃を見つめた。

「……私、ずっと桃と一緒にいたいと思っていましたの。あの日、『琥珀と』抱きしめられた時から……。本当はずっと昔から……初等部に入る前に、一度だけローズと遊んだことがありましたの。私のことを『トパーズ様』ではなく、一人の『トパーズ』として見てくれた……そんな彼女に、私はずっと憧れていたんですのよ」

息を乱しながらも、トパーズはどこか切ない声で胸の内を吐き出す。

「科が変わって会えなくなって……入学してやっと同じ建物になれたと思ったら、あの事故が起きたでしょう? 目覚めた彼女を見て、それが『ローズ』ではなく『桃』だと気づいた時、恐しかった……けれど同時に、私を見つめてくれたあの面影がそこにあって……離れられなくなったのですわ……」

トパーズは握りしめた桃の手を胸元に寄せ、愛おしそうに目を細めた。

「桃といると気持ちが落ち着く、桃といると楽しい……それは全て、私を守ってくれていたからなのですわ。私を……あんな不快な目から遮断してくれていたから……!」

そこまで捲し立てて、トパーズはハッと息をのんだ。握りしめていた桃の手の温もりに視線を落とすと、その瞳に揺らぐような躊躇いと痛みが浮かぶ。

「……私……あなたを利用していましたのね……。守られていると知らずに、ただ自分が救われたくて……あなたに縋っていただけでしたの……っ」

「そんなことないよ、トパーズ。利用なんてされてないよ。私、すごく救われてたんだよ」

桃はそう優しく告げると、作業台の端に置かれた小さな木箱へそっと手を伸ばした。4人でコツコツと組み上げてきた、あの未完成のオルゴール。その小さなネジを、桃は静かに、ゆっくりと回す。

――カタリ、と小さな金属音が響き、澄んだオルゴールの音色がテントの中に優しく広がり始めた。

少し不器用で、時折テンポが揺れるような儚い旋律。その音色に合わせるように、桃は涙の浮かぶ瞳で微笑みながら語りかける。

「食堂のご飯も、最初に見せてくれた魔法の練習も……」

「……っ……」

オルゴールの音色に重なるように、トパーズの喉が小さく詰まる。

「トパーズが全力で披露してくれた魔力感知も……毎回淹れてくれる、おいしいお茶も……」

「……つぅ……っ、んぐ……っ」

「男子二人を女装させてメイクしたことだって……みんなで疲れて、ソファで寝ちゃったことだって……」

「……ぁ……っ、う……っ……!」

オルゴールの音が優しく響く中、桃は愛おしそうにトパーズを見つめ、握りしめた手をぎゅっと包み直した。

「オルゴールだって……みんなでここまで作れたじゃない。全部、全部楽しかったよ。トパーズが私と一緒にいてくれたから、私はここで笑っていられたんだよ」

「……っ〜〜〜〜〜〜っ!!」

オルゴールの旋律が優しく響き渡る空間で、ついにトパーズが抑え込んでいた堤防が完膚なまでに決壊した。

「あ……ぅ……っ、ふぐっ……っ、うああああぁぁぁぁっ……!!」

オルゴールの可憐な音色と対比するように、トパーズの瞳から大粒の涙がぼろぼろと溢れ出し、彼女は声の限り泣きじゃくった。貴族としての佇まいも、美しい言葉遣いもなりふりも構わず、桃の手を握りしめたまま子どものように顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶ。

「ごめんなさ……っ、ごめんなさい……っ! わたし……っ、こわくて……っ、ずっと気味が悪くて……っ! 桃、桃……っ、ありがとう……っ、ごめんなさい……っ!!」

「トパーズ……ううん、謝らないで……っ」

桃も耐えきれずにボロボロと涙をこぼしながら、簡易ベッドに横たわるトパーズの小さな身体をしっかりと抱きしめた。トパーズは桃の胸元に顔を深くうずめ、しがみつくようにして全身を激しく揺らしながら泣き続けた。

「そうだぞ、トパーズ」

それまで悔しそうに顔を歪めていたルビーが、不器用ながらも温かい笑みを浮かべてトパーズの頭にぽんと手を置いた。

「俺たちだって、お前が淹れてくれるお茶やあのはちゃめちゃな時間に救われてたんだ。誰が誰を利用したなんて、そんな話じゃねぇよ」

「そうだよ、トパーズ僕たちは4人で助け合ってきたんだ」

蒼も静かに頷き、優しく微笑む。

「ふ、ふたりで……ペアに……っ、桃と私なら……あの目を……っ」

なおも涙でぐしゃぐしゃの顔で立ち上がろうとするトパーズの肩を、ルビーの手が優しく、けれど断固とした力でベッドへ押し戻した。

「バカ言え。今日はもう寝てろ」

「ルビー……!? でも、早く作戦を……っ」

「作戦なら、お前が寝てる間に俺たちでしっかり詰めておいてやるよ」

ルビーは乱暴に自分の目元をぐっと拭うと、ニッと不敵で頼もしい笑みを浮かべた。

「お前は散々頑張ったんだ。……あとは俺たちに任せて、黙って休んでろ」

「そうだよ、トパーズ。君が命がけで死角を見つけてくれたんだ。ここからの準備は僕たちの役目だ。……明日、万全の状態で一緒に戦おう」

蒼の静かだが力強い言葉に、トパーズは濡れた瞳を大きく見開いた。

桃が優しく毛布を胸元まで掛け直し、涙で濡れたトパーズの頬をぬぐう。

「……うん、トパーズ。今日はゆっくり休んで。私、ずっとそばにいるから」

「……っ……ふ、ふふ……。……勝手な……男子たちですわね……」

しゃくりあげながらも、トパーズは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、小さく、けれどこの1ヶ月で一番柔らかく微笑んだ。

安堵と極度の疲労が一気に押し寄せ、重くなった瞼がゆっくりと閉じていく。桃の手の温もりを感じながら、トパーズは穏やかな深い眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。