お姫様抱っこ
静寂を切り裂くように、テントの布地が激しい音を立てて開いた。
「っばぁ……くっ……!」
「どうしたの!? っ!?!?」
勢いよく飛び込んできた影に、蒼と桃が跳ね上がるように立ち上がる。桃の口から短い悲鳴が漏れた。
入ってきたのは、トパーズを横抱きにしたルビーだった。
ルビーの胸の中で、トパーズは青ざめた顔を歪め、過呼吸を起こしたように激しく胸を上下させて震えている。普段の毅然とした面影はどこにもない。
「悪りぃ……まずはねかせてやりてぇからさ……」
ルビーは重苦しい、押し殺したような声でそう言うと、作業台の脇にある簡易ベッドの上へ、割れものを扱うようにゆっくりとトパーズを降ろした。
「ハぁっ……く……っ、あ……ッ!」
床に伏せったトパーズは、発作のような辛そうな表情で胸元を強くかきむしり、浅く荒い呼吸を繰り返している。その身体の震えは止まらない。
「トパーズ……!? 一体何があったの……!?」
蒼が慌ててトパーズの傍らに駆け寄り、背中をさすろうと手を伸ばす。桃も血の気を引かせた顔で、震えるトパーズの手に自分の手を重ねた。
ルビーは立ち上がり、頭をガシガシと強く掻きむしると、重い表情で口を開いた。
「新棟図書館で……出たんだよ。あの『医務官』が」
「医務官……!?」
「あいつ……トパーズが人払いの結界を張ってたのなんて最初から全部丸わかりでさ。トパーズが気づきもしねぇレベルの精密なアンチ魔法を上から被せて、ずっと見下して監視してやがったんだ」
「人払いを突破して……アンチ魔法を……!?」
桃の目が驚愕に開かれる。ルビーはポケットから古びた重厚な金属の鍵を取り出すと、作業台の上に『コツン』と重い音を立てて叩きつけた。
「それだけじゃねぇ。トパーズが『桃たちの持っていたあの時代の……道具が……!』って口に出して言った瞬間に割り込んできてさ……『そんな歴史はないよ、産業革命なんて』ってヘラヘラ笑いながら上書きして否定しやがったんだよ」
「――ッ!?」
その言葉に、蒼と桃の思考が凍りつく。
「トパーズが推理を口にした途端に……!? じゃあ、医務官は最初から僕たちが何を調べ、どこに辿り着こうとしているかを待ち構えていたっていうことか……!?」
「そうだよ……。人払いも意味がなくて、俺たちの行動も探査も全部筒抜けだった。その上で、この『禁書庫の鍵』をオモチャみたいに投げ捨てて笑いながら去っていきやがったんだ」
「そんな……じゃあ、トパーズは……」
桃が青ざめた顔でトパーズを見つめる。
自分の自信のあった人払い魔法をあっさり無効化され、完璧なアンチ魔法で監視されていた上に、目の前で自分の探究を冷笑しながら否定された――その精神的威圧と底知れぬ恐怖に、トパーズの自尊心と心が耐えきれず、パニックを起こしてしまったのだ。
「あいつ……最初から俺たちを掌の上で転がして遊んでんだよ……!」
ルビーが悔しそうに拳を固く握りしめる。
作業台の上にぽつんと置かれた冷たい鍵と、発作のように苦しそうに息を吐くトパーズの姿。テントの中には、これまでで最も濃密で冷ややかな絶望が満ちていた。




