にゃぁ〜
新棟図書館。
ここは比較的新しい資料が多く並んでいるため、ルビーの魔力程度でもすぐに調査が終わってしまう量だった。
「くそーこっちも収穫なしか……?」
静まり返った書架の間で、ルビーが頭をガシガシと掻きむしりながら不機嫌そうに悪態をつく。ほんの少し魔力を広げただけで館内すべての本に探知が届いてしまい、結果がゼロだと一瞬で分かってしまったのだ。
「図書館が収穫なしでも……! 蒼が触った縫製器具とか、桃が持っていたかぎ針とか……あの時代の……!!」
「ないよ〜」
ぬるりと。
背後の影から滑り出してきたアイツ――医務官が、トパーズのセリフを気持ち悪いくらい不快に上書きして割り込んできた。
「ひっ……!?」
突然耳元で聞こえた気だるげな声に、トパーズが跳ね上がるように身をすくめる。
「ないよ〜。君たちが探してるような『都合のいい歴史』なんてさ、ここにはなーんにも残ってないんだよねぇ」
白衣のポケットに両手を突っ込み、ヘラヘラとした笑みを浮かべながらトパーズの顔を覗き込んでくる。その人を食ったような態度に、トパーズは背筋にゾッと冷たいものを感じ、ルビーは険しい目つきで一歩前に出た。
「お前……いつからそこにいやがった……!」
「ん? いま来たところ〜。それにしても困った顔しちゃってさぁ。そんなに行き詰まってるなら、コレ、あげよっか?」
医務官はポケットから片手をゆっくりと引き抜くと、その指先で古めかしい金属の鍵をジャラリと揺らしてみせた。
「はいこれっ。……いるんでしょ? にゃぁ~」
猫が鳴くような、不気味で軽い笑い声を漏らしながら、医務官はその「禁書庫の鍵」を、まるで足元にオモチャでも投げ与えるかのように床へ放り投げたのだった。
チャリン………
「あ、ぁぁ、なんなんですのアイツ………!!」
医務官がぬるりと去っていった方向を睨みつけ、トパーズは肩を激しく怒らせて叫んだ。
床に転がされた禁書庫の古びた鍵を拾い上げたルビーが、頭を掻きながら溜め息をつく。
「まぁ……どっちにしろ鍵は手に入ったし……。まぁキモいけどさ……」
「そんな茶々なレベルではありませんわ!!」
トパーズがカツンと床を強く踏み鳴らし、ルビーの言葉を激しい気迫で遮った。その瞳には、単なる苛立ちを超えた凄まじい警戒と驚愕が宿っている。
「アイツ……私に対してアンチ魔法を仕掛けてますわね……! 私、今まで図書館にいる間は人払いの魔法をかけていましたのよ!! なのに!!ずっと!!ずっと私とルビーにかけていましたのよ!!」
「……は!? マジかよ!?」
ルビーは目を丸くして驚いた。
もともと魔力が低く術式や感知に疎いルビーには、トパーズがかけていた強固な人払いも、人払いがアンチ魔法で突破ことすら全く実感できていなかったのだ。
当然のように気づけなかったルビーに対し、トパーズは青ざめた顔でさらに震える声を絞り出す。
「それに……産業革命って言いましたわアイツ……!!!」
「……え? 産業革命……?」
「桃が持っていたようなかぎ針とか縫製機とか、あの時代の……! 私、まだそこまで口に出していませんでしたのよ!? 蒼や桃が使っていた道具の名前を出しただけで…どうしてアイツが……っ!」
トパーズの背筋に、氷のように冷たいものが走る。
自分たちの思考の癖も、まだ言葉にしていない仮説も、すべて――。
「あいつ……ずっと私たちのことを監視していましたのね……!!」
拾い上げた金属の重厚な鍵が、ルビーの指先でやけに冷たく重く響いていた。




