こんなのがこの世界の日常なの
「あら、トパーズ様。おはようございます」
朝の光が差し込む女子寮の廊下で、すれ違った他生徒が足を止め、上品にお辞儀をした。
「ええ、ごきげんよう。今日はあなたも普通科寮にお泊まりなの?」
トパーズが何事もなかったかのように優雅に微笑み返す。
「そうです! チームの子と徹夜しちゃいました!」
そう爽やかに答える生徒の様子からもわかる通り、クラフト大会が開催されてからは、普通科と魔法科の垣根がなくなっていたのだった。……もちろん、男女の区別は厳然として存在するのだが。
ふと、その生徒がトパーズの背後に立つ「見慣れない背の高いふたり」に目を留めた。
「あら? こちらの方は……?」
その一言に、深々と被ったフードの下で蒼とルビーの全身がビクッと跳ね上がった。心臓が跳ね上がり、背中に冷たい汗が噴き出す。
(やばい……っ! バレたか……!? 息を止めるんだルビー、喋ったら終わりだ……っ!)
(頼むから通り過ぎてくれ……っ! 男だってバレたら社会的に終わるぞ……!!)
声も出せず、石のようにカチンコチンに固まって怯えきっている2人。その引きつった空気を感じ取ったトパーズは、すっと優雅な笑みを深めると、横に並ぶ大柄な「女子生徒」の隣を、肘でとんと小突いた。
「ええ、別のチームなのですが、相談を受けていましてね……」
「トパーズ様! 昨日あんな事故もありましたのに、他の生徒のお手伝いまで……!! 流石ですわ!」
「うふふ、こんなに朝早くから起きて、あなたがたも急いでいたのではありませんの?」
「あっ、そうでした! 失礼します!!!」
他生徒は尊敬の眼差しを向けながら、パタパタと走り去っていった。
……その姿が見えなくなり、廊下に訪れる重苦しい沈黙。
4人は一言も喋らぬまま、引きつった顔で足早に歩き出し、そのまま一目散に敷地の奥にある森へと駆け込んだ。
樹々の影に滑り込んだ瞬間——。
「っぷはぁ!!!! なんだよコレ!!? 女装って!!? しかも魔法科のローブ!!?」
ルビーが深々と被っていたフードを剥ぎ取り、大声を上げた。その隣では、同じく魔法科ローブに身を包んだ蒼が、魂の抜けた顔で呆然と佇んでいる。
「僕……まだこっちの世界に来て1日しか経ってないのに、なんでこんな目にあうの……? しかも見てよコレ、万が一フードが脱げたときのためにって……なんでリップとチークまで塗られてるのさ……!!こんなのがこの世界の日常なの??」
蒼が真っ赤な唇とほんのりピンク色の頬を押さえて泣きそうな声を上げると、ルビーもバッチリ描かれたアイラインを指で擦りながら憤慨した。
「日常であってたまるか!! さっきマジで寿命が縮んだわ!! 『念には念を入れますわ』じゃねぇんだよトパーズ! どんだけノリノリでメイクしてんだよ!!」
「くっ……! くすっ、あはははは!! 中々お似合いでしたわよ、お二人とも!!」
耐えきれなくなったトパーズが、お腹を押さえて大笑いし始めた。
「笑い事じゃねぇだろトパーズ!!お前っ…!」
「だ、だって……普通科の制服だとローブがないからね。背格好をごまかして顔まで隠すとなったら、魔法科の深編みローブを羽織らせて……念のためメイクするしかなかったんだもの……っ、ぷふっ……!」
桃も必死で口元を押さえていたが、ついに堪えきれずに吹き出してしまった。
「桃まで笑うなよ〜〜!!」
「ご、ごめん……! でも、蒼もルビーもすごく背が高くてカッコいいから、ミステリアスで綺麗なお姉さんに見えなくもなかったよ……!」
「褒められても嬉しくないからねそれ!!」
蒼が顔を真っ赤にして頭を抱える横で、ルビーとっととローブの裾を払いながら脱ぎ捨てた。
冷や汗だくくりの大脱出劇だったが、朝の森には、楽しそうな2人の笑い声が賑やかに響き渡るのだった。




