手段と目的
「……あの日、川に落ちた時のこと覚えてる?」
蒼の唐突な問いかけに、桃はまばたきをした。
「うん……川で子供を助けようと必死で……っ、あの子は元気なの!?」
「大丈夫、怪我一つしてないよ」
蒼が穏やかに微笑む。
「その後救出された桃は、自分のことを別の世界から来たローズって名乗り始めたんだ。びっくりだよね。でも、目の前で魔法を見せられて信じるしかなかったんだよ……」
「あいつの魔法、めちゃくちゃだもんな……」
横で聞いていたルビーが、過去の記憶を思い出してゾッとしたように身を震わせる。蒼は話を続けた。
「そしてね、桃が琥珀から借りたかぎ針。ちゃんと桃と一緒にカバンを背負ったまま川に落ちたんだよ。『琥珀から借りた大事なかぎ針だから』って、ポーチにしまって大事にしてたのに、それだけがなくなっていた」
「――あっ……!」
桃がはっと息をのむ。
「確かにあの時ちゃんとしまった! でも、なんでここに持ってきてるんだろ……」
「そう、これだよ」
桃はポケットからかぎ針を取り出して見せた。
「そしてね、このかぎ針の写真をローズに見せたんだそしたら彼女……『見たことある』って言うんだ。それを聞いて、僕はローズの歴史認識を確認したんだ」
蒼はみんなの顔を見回した。
「桃、19世紀の革命ってわかる?」
「産業革命……? さすがにわかるよ」
「何だその『さんぎょーかくめー』って?」
「私も存じませんわ」
ルビーとトパーズが首をかしげる中、蒼はうなずいた。
「簡単に言うと、機械が電気とか水蒸気の力でたくさん物を作れるようになったんだよ」
「魔法革命となんだか似てるな?」
「うん桃、合ってるよ。そしたらローズも『産業革命は知らない』って。でもね、それ以外の歴史認識は同じだったんだよ。――産業革命より前の時代はね、だから見せに行ったのさ実際の産業革命期の縫製期を、んで僕が触ったらここに来たってわけ」
「19世紀と言ったら魔法革命ですわ…でもそうだったとして……どうやって二つの革命の世界に分かれたんでしょうね」
トパーズが顎に手を当て、静かに呟いた。
「19世紀まで歴史が同じだったということは、どちらの世界も潜在的に同じ可能性を持っていたはず。それがなぜ、別々の道を辿ることになったのか……」
「私もね、授業で魔法革命の話聞いて産業革命に似てるなーって思ったの」
「まあ、その歴史の謎は置いとくとしてさ」
ルビーが腕を組み、桃と蒼を交互に見つめながら眉をひそめた。
「話を聞いてて思ったんだが……目的と手段が入れ替わってるぞ!!」
「えっ……? 目的と手段……?」
桃がぽかんとして首をかしげると、ルビーは指を一本立てて説明した。
「お前ら、元の世界に『帰りたい』んだろ? だったら『どうやったら帰れるか』を探すのが普通じゃねぇか。なのに今の話だと……『列車にぶつかったから』とか『縫製機に触ったから』とか、偶発的に起きた事故の条件を後から解析して、それを再現しようとしてるじゃねぇかよ!」
「あ……!」
ルビーの言葉に、蒼がハッと目を見開いた。
「確かに……! 僕たちは『移動してしまったトリガー』ばかりに気を取られていたけれど、本来考えるべきなのは『なぜそのトリガーで世界を越えられたのか』……つまり、あらかじめ作られていた『行き来するための仕組み』が別にあるはずなんだ」
「そうですわね」
トパーズも深く頷く。
「『列車にぶつかる』『縫製機に触る』というのは、誰かが用意した移動の仕掛けにたまたま引っかかった結果に過ぎない……。となると、なぜその『回路』が最初から作られていたのかという話になりますわ」
「そうなんだよ……」
蒼はそう呟くと、手元のかぎ針をじっと見つめた。
「僕たちがやるべきなのは、事故の再現なんかじゃない。二つの世界を裏側で繋いでいる『回路』が一体どこにあって、どんなルールで動いているのか……その根幹を突き止めることだ」
「……へっ、急に難易度上がってきたじゃねぇか」
ルビーは口元を歪めて不敵に笑う。
桃もまた、手の中のかぎ針をぎゅっと握りしめ、覚悟を決めたように蒼たちを見つめ返した。




