食堂行ってみな
「はーーい感動の目覚めのタイミングかなー? 早よ帰れ帰れ、しっしっ」
タイミング悪く扉が開くと、医務官が手をぶらぶらと振りながらズカズカと入ってきた。そして、去り際にニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら付け加える。
「あ、食堂行ってみな、へへへ……」
空気を一切読まないひょうひょうとした態度と、その含みのある下品な笑いに、トパーズは鋭い視線を向け、眉間にうっすらと青筋を浮かべる。
(お前、本気でクビにしますわよ……)
トパーズの放つ冷ややかな殺気があまりに恐ろしい。桃とルビーは思わず身をすくめた。
(ひっ……怖いな……)
息を飲んで固まる3人を余所に、トパーズはすっと深く息を吐き出して心を沈めると、苦々しい表情で吐き捨てるように言った。
「……歩けますか? これ以上ここにいても進展はありませんわ。あのアドバイスに従うのは非常に癪ですが……食堂に行ってみましょうか」
医務官の意図が見えない気味の悪さに悔しさを滲ませつつも、手掛かりを求めて食堂へ向かうことを提案するトパーズ。
「おう、肩貸すぜ」
ルビーが早速蒼の横に回って手を貸そうとする。
「そんなのいらないって」
と蒼は少し嫌そうに首を振るが、
「いいから言うこと聞いとけ!お前まだ目覚めたばっかりなんだから食堂で休むまで黙っとけよっと」
とルビーに強引におぶられた。
医務室を出て食堂へと向かう道中、桃の胸の中は様々な感情でぐちゃぐちゃになっていた。
(蒼がいる、蒼だ……! 間違いなく蒼がいる!! 嬉しい……!!)
目の前にずっと会いたかった蒼がいることが、涙が出るほど嬉しい。けれど、それと同じくらい、大きな不安と疑問が胸を締め付ける。
(どうして……? 嬉しいけど、私は……? ローズはどうなっちゃうんだろ……?)
目の前にいる蒼と、桃としての自分でいる私。
そして、別の場所に残されたままの「ローズ」の存在――。
重い謎と複雑な想いを抱えたまま、4人は食堂へと足を向けた。
食堂に入った途端、周囲から次々と話し声が耳に飛び込んできた。
「トパーズ様たちだ……うわっ……」
「何やったらあんな爆発起こすんだよ……」
「トパーズ様が爆発前にすごい魔力使ってたの見たよ。あのトパーズ様ですら、あんな失敗すんの……?」
「私なんてあの爆発の時、テントの下敷きにされたのよ! どこも怪我もないけどびっくりよ!」
「普通科4人のチームですら、あんな失敗してないぜ……?」
――尾ひれはひれがついて、食堂中に広がる悪意に満ちた噂話。
「あ、食堂行ってみな、へへへ……」という、あの不愉快な医務官のニヤけた顔が頭をよぎる。
何か深い意図や手がかりがあるわけでもない。ただ単に失敗の噂で持ちきりの食堂に送り出し、好奇と嘲笑の目に晒して嫌がらせをしたかっただけなのだと、この惨状を見て察した。
(……あのクソ医者、ただの性格の悪さで私達をこんな目に……っ!)
トパーズは誰にも見えないところでそっと息を呑み、指先を強く握りしめた。
ヒソヒソと囁かれる心ない声や、面白おかしくトパーズを馬鹿にするような視線が周囲から刺さるたび、桃の胸の奥でふつふつと黒い怒りが湧き上がってくる。
(……なによ、なにも知りもしないで……っ!)
桃はギュッと拳を握りしめ、噂話で盛り上がっている近くのテーブルの生徒たちをキッと睨みつけた。
ずっと誰よりも努力して、完璧なトパーズでいようとしている彼女の姿をたった1ヶ月だが見てきたのだ、一朝一夕のもではない。
ただの嫌がらせでこんな悪意の渦中に追い込んできたあの医務官にも、調子に乗って尾ひれはひれをつけて騒いでいる周りの奴らにも、到底納得がいかない。
蒼が無事でいてくれた喜びや困惑と同じくらい、この不快で勝手な噂話が、桃には心底気に食わなかった。
「ちょっと、そこの君たち——」
桃が思わず足をとめて言い返そうとした瞬間、
「桃、やめなさい」
静止され我に帰る桃、そうだ1人で暴走したって仕方ない。




