楽しそうな朝のご挨拶
「あさ……ん……あ、朝だ!!!」
カーテンの隙間から差し込む明るい朝の光に気づいた瞬間、桃は弾かれたように跳ね起きた。
しかし、勢いが余りすぎて――
ガダンッ!!
「つ〜〜〜っ……!」
目の前にあったテーブルの角に盛大に頭をぶつけ、桃はその場にしゃがみ込んで頭をぎゅっと抱えた。涙目になりながら頭を撫でさする。
「大丈夫か?……もっと寝ててもいいんだぞ」
呆れつつも心配そうな声が上から降ってきた。
見上げると、そこには眼鏡をかけていないサファイアが、苦笑いを浮かべながら桃を見下ろしていた。寝起きの少し乱れた髪に、眼鏡のない少し目元の緩んだ顔は、普段の冷静で鋭い印象とは違ってどこか幼く見える。
「ふ、サファイア……あ、ふたりはまだ寝てるんだね」
痛みをこらえながら部屋を見渡した桃は、思わず目を丸くした。
ソファーの上では、トパーズが規則正しい寝息を立てて心地よさそうに眠っている。
一方、その足元の床には――ソファーから見事に転がり落ちたルビーが、豪快に大の字になって爆睡していた。
「流石に男と一緒に寝かせるのはどうかと思ってね。君たちふたりにソファーを譲ったんだ。……まあ、ルビーは勝手にソファーから落ちてくれたから助かったけれど」
サファイアは寝癖のついた髪を手で撫でつけながら、呆れたように床のルビーを見やる。
「あはは……!」
思わず吹き出した桃だったが、ハッと口元を押さえてソファーのふたりを見やった。
ふたりとも全く起きる気配はない。深く寝ていることを確認した桃は、声をひそめてサファイアへとにじり寄った。
「ねえ……実はね、前々からずっと思ってたんだけど」
「ん? なんだい?」
「サファイアって、ローズの事……好きだったんでしょ?」
「っ〜〜〜〜〜〜っ!?」
不意打ちすぎる桃の一言に、サファイアの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
慌てていつもの癖で鼻当ての位置を押さえようとするが、眼鏡をかけていないことに気づいて空振る始末だ。
(あ、やっぱり図星だ……!)
サファイアのわかりやすすぎる反応に、桃は思わずニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
……が、次の瞬間。
桃の脳裏に、昨日の夜の自分の行動が鮮明にフラッシュバックした。
(……あ。待って……? ということは、私……昨日……ふたりの真ん中に割り込んで座っちゃったよね……!?)
「っ……!?!?」
ニヤニヤしていた桃の顔から一転、一気に血の気が引いたかと思うと、今度はサファイア以上に顔を真っ赤にして目をぐるぐると回し始めた。
「ごごごごめんなさいサファイアっ!! 私昨日ふたりの間に割り込んで座っちゃって本当に邪魔だったよね!? 感謝の気持ちでいっぱいになっちゃって無自覚に真ん中陣取っちゃってふたりの時間を台無しにしちゃったというか完全に空気読めてない割り込み女になっちゃってて本当に本当にごめんなさいっ……!!」
両手をぶんぶんと振ってあわあわしながら、息もつかせぬ勢いで早口で弁明をまくし立てる桃。
「っ!? ち、ちがう! 君は何を言っているんだ桃!? 邪魔とかそういう問題では――というかそもそも僕とローズはそんなんじゃない!!」
図星を突かれた恥ずかしさに加えて、桃の怒涛のパニック弁明に巻き込まれ、サファイアも大混乱に陥る。
「でねでね!! 絶対上手くいくから大丈夫だよ!!! 次会った時絶対に伝えてよ!!!!」
桃はさっきまでのパニックから一転、自分の顔も真っ赤にしたまま、目を輝かせてサファイアの手をぎゅっと握りしめた。
「っ……!」
真っ直ぐで、あまりにも情熱的で、眩しいほどの確信に満ちた言葉。
あわあわと目の前で表情をころころ変えながら自分のことのように一生懸命になる桃の姿に、サファイアは息を呑んだ。
――見た目も、その真っ直ぐで温かな中身も、まるでローズそのものだ。
桃の中に重なるローズの面影と、彼女の放つ圧倒的な熱量に、サファイアはすっかりあっけにとられて言葉を失ってしまう。そして赤面したまま、吸い寄せられるように深くこくりと頷いてしまっていた。
「――って、違うってば!!! だから僕とローズはそういう関係じゃないと言っているだろう!!?」
思わず流されて頷いてしまった自分にハッと我に返り、サファイアは大焦りで手をぶんぶんと振って打ち消した。
そして、サファイアのその反応と自分の勢いあまった発言を客観的に振り返り――桃もまた、遅れて猛烈な恥ずかしさに襲われた。
「あ……っ! 私、勝手に盛り上がって強要みたいなこと言ってるの~!? 恥ずかしいっ……!!」
結果、目の前でお互いに顔をリンゴのように真っ赤にした二人が、あわあわと両手を振ってパニックになるというカオスな光景が完成してしまった。
「んー……〜〜? なに……朝からうるさいぞ……」
「ふあぁ…………何事ですの、騒々しい……」
二人の大騒ぎに、ソファーの底と上から重い声が上がった。
床の上で大の字になっていたルビーが、目をこすりながら体を起こす。
ソファーの上では、トパーズがパチパチと瞬きをして、眼鏡もかけず顔を真っ赤にしているサファイアと、同じく真っ赤な桃を交互に見つめた。
「サファイア……桃……お前らなんで朝から揃ってそんなタコみたいに真っ赤になってんだよ……?」
あくびを噛み殺しながら不審そうに眉をひそめるルビーと、
「ふふ……なんだかとても楽しそうな朝のご挨拶ですわね」
二人が完全に目を覚まし、部屋にはいつもの賑やかで温かな朝の光が差し込んでいた。




