最後の夜
「今日くらいみんなで寝ちゃダメかな? もう明日だし……」
桃が小さな子供が親に頼むように、けれど真剣な瞳でそう切り出した瞬間、テントの中の空気が一気にフリーズした。
「だ、ダメですわそんな未成年の男女が一つ屋根の下で……! いかがわしいですわ!!」
トパーズが慌てて両手で顔を覆う。その透き通るような白い肌だけでなく、耳の先まで見事に真っ赤に染まっていた。
そのトパーズの過剰とも言える純情で直接的なリアクションに、男子二人が一斉に跳ね上がった。
「トパーズ、お前なんでそんな真っ赤になってんだよ!? いかがわしいとか変な言い方すんじゃねぇよ!!」
ルビーは顔を真っ赤にして盛大に裏返った声を上げ、あからさまに動揺して足をもつれさせながら椅子ごと盛大にひっくり返った。
「ト、トパーズ……っ、そんな言い方をしたら余計に語弊が……っぐ、ゴホッ! げほっ、ゴホッ……!?」
隣で優雅にお茶を飲んでいたサファイアは、トパーズの発言に拍車をかけられて完全に変なところへお茶が入り、思い切りむせ返った。眼鏡を大きくずらしながらハンカチを探して卓上の書類を散らかす始末だ。
「そ、そんなつもりじゃなくて! みんなと……最後の夜だから、一緒にいたいなって……!」
トパーズの反応から波及した男二人の予想以上の大慌てぶりに、桃も慌てて手をブンブンと横に振り、自分までつられて顔を真っ赤に染め上げる。
耳まで真っ赤にして顔を覆うトパーズに、その言葉に余計パニックを起こして派手に転倒したルビー、狼狽しながら必死に咳き込むサファイア。
そのドタバタとした賑やかな光景を目の当たりにして、桃の胸の奥に、切なさとそれを上回る温かい愛おしさがこみ上げてきた。
――明日、新月が訪れる。
言葉にしなくても、みんなと過ごせる夜はこれが最後かもしれない。だからこそ、この最高にバタバタしていて、けれど温かい空気から離れたくなかった。
「……っ、ゴホン! ……トパーズも落ち着きなさい。……まったく、唐突すぎる発言で寿命が縮むかと思ったよ……」
サファイアがようやく咳き込みを収め、ずれた眼鏡と襟元のリボンタイを慌ただしく整え直し、真っ赤な顔のままやれやれと息をつく。
「ずるいではありませんか、最後なんて言われたら従うしかありませんわ! 私の部屋に案内しますわ!」
トパーズもまだ少し耳を赤くしながら、ぷくっと頬を膨らませてそう宣言すると、照れくさそうにふふと笑った。
「お、おう……! 変な言い方すんなよな全く……! ほら、荷物まとめてトパーズの部屋行くぞ!」
ルビーもひっくり返った椅子を大急ぎで起こし、照れ隠しに襟元のリボンタイをぐっと引っ張りながら声を張り上げる。
特別な装飾なんてない、ただの無骨なオルゴールを大切に抱えて。
こっそりとトパーズの部屋がある女子寮へと向かうことになった。
だが、寮の敷地に足を踏み入れた途端――
「やっぱり女子寮に侵入するのは2度目とはいえ気がひける……」
サファイアがずれた眼鏡を指で押し上げながら、ひときわ深く溜め息をつく。整えたはずの襟元のリボンタイにそっと手をやり、落ち着かない様子で周囲を伺っていた。
「なんだよ度胸ねぇなぁ! 余裕だって!」
隣でルビーが胸を張り、不敵な笑みを浮かべて見せる。……が、その握りしめた拳は微かに震えていた。
「手の汗かいてるの僕にバレてないとでも?」
サファイアがジト目で突っ込むと、ルビーは「くっ…!」と一瞬で言葉を詰まらせる。
「うふふ、人払いの魔法かけてありますから安心してと言ったのに、あっ桃からは離れてくださいね、無効化されますわよ」
先頭を歩くトパーズが、上品に袖口を口元にあててクスクスと楽しそうに笑う。
「そういう事じゃなくて気持ち的な問題なの!!」
必死に照れ隠しをするルビーが、真っ赤な顔で叫んだ。
誰かに見つかるんじゃないかというスリルと、これからみんなで同じ部屋で夜を過ごすという気恥ずかしさ。
バタバタと揉めながらも、四人の足取りは不思議と軽く、トパーズの部屋の扉を開ける頃には、緊張よりもずっと大きな温かい温もりが、全員の胸を満たしていた。




