走るよーーっ!!
「……あっ」
ルビーとサファイアの優しさに包まれて、少しだけ心が落ち着いたのも束の間。
食堂の入り口付近が、急にサーッと静まり返った。
カツン、カツンと響くヒールの音。
振り返ると、そこにはさっきトパーズのすぐ後ろに控えていた魔法科の女子生徒たち——取り巻きが、嫌な笑みを浮かべてこちらへ歩いてくるところだった。
「あら……? さっきの無礼な平民さん、こんなところで優雅にお茶会かしら?」
中心にいる巻き髪の女子生徒が、扇子で口元を隠しながら、見下すような蔑みの視線を投げてくる。
「ちょっと、あんた! 魔法科の生徒が普通科の席に何の用だよ!?」
ルビーがガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、桃をかばうように前に出た。
サファイアも素早く桃の横に立ち、警戒した目で彼女たちを睨みつける。
「あら、怖いわね。私たちはただ……身の程知らずな『おネズミ様』に、ちょっとした忠告をしに来てあげただけよ」
取り巻きのひとりがクスクスと笑いながら、桃のテーブルに手をついて顔を覗き込んできた。
「トパーズ様はね、この学園でも、そしてこの国でも、選ばれた者しか近づけない『インペリアル』のお方なの。あなたみたいな根無し草の普通科が、気安く触れていいお方じゃないのよ」
「……っ」
「『琥珀』だなんて、どこの貧乏臭い名前だか知らないけれど……トパーズ様があんな奇妙な名で呼ばれて、どれほど不快な思いをされたか分かっていらっしゃるの? ご自分の立場、もう少し弁えたらどう?」
ネチネチとした言葉の毒針が、刺さるように胸をえぐる。
悔しさと情けなさで桃は唇を噛み締め、俯くことしかできずにいた。すると、ルビーが怒りを露わにしてテーブルを叩いた。
「おい、いい加減にしろよ! こっちはもう反省して引いてんだろ! それ以上こいつを悪く言うなら、相手が魔法科だろうが承知しねえぞ!」
「僕も、黙って聞いているわけにはいかないかな」
サファイアも鋭い視線を光らせて、ルビーと共に一歩前に出る。
「あらまあ、お友達も必死ね。でも……身の程を知らないのは、お友達も一緒みたいね?」
取り巻きの少女はクスクスと嘲笑いながら、指先にパチパチと小さな魔法の火花を散らせて見せた。
「ひやぁぁ……っ! すごい、本物の魔法だ……!!」
恐怖するどころか、桃は目を丸くして感嘆の声を上げる。それだけではない。間近で見ると、魔法科の制服の格の違いがハッキリと目に入ってきた。
「うわぁ、制服まで超豪華! さすが魔法科、別世界すぎる……って、待って!? 背中のホックや装飾もすごい! 金糸の刺繍に宝石まで付いてて重そう……!」
「は……? なにつぶやいてるのよ、気味の悪い……」
取り巻きの少女が桃の予想外すぎる行動に面食らい、パチパチさせていた火花を引っ込めた。
その隙を逃さず、桃は素早く低姿勢で滑り込むようにその側膝をすり抜け——完璧に背後を取った!
「申し訳ありませんでしたーーっ!! おっしゃる通り私は身の程知らずの平民ネズミでございます! 二度とトパーズ様には近づきません!!」
背後から平身低頭の謝罪をぶちかますと同時に、呆然としていたルビーとサファイアの両手首を力強く掴み取る。
「よし撤退! ルビー! サファイア! 走るよーーっ!!」
「「は、はあぁぁ!?」」
「なっ……いつの間に後ろに!? 待ちなさいよ、逃げる気ーー!?」
桃は戸惑う男子二人を引きずりながら食堂の扉を飛び出し、廊下を全力で駆け抜けた。
角を曲がると、目の前には食糧搬入用の木箱がうずたかく積まれている。
「桃! 行き止まりだ……っ!?」
「問題なし! 捕まるわけにはいかないからね!」
桃は勢いを殺さず木箱のフチに足をかけると、一気に蹴り上がって跳躍! ポンポンと跳び箱の要領で箱の上を駆け抜け、窓枠の手すりに手をかけて身体をひねり、一足跳びに階段の踊り場へと軽やかに着地した。
「おいおいマジかよ!?」
「すごいアクロバット……っ!」
ルビーとサファイアを引っ張りつつ、入り組んだ校舎の障害物を華麗に避けて一気に撒いていく。
いくつもの角を曲がり、パルクールまがいの走破で一気に振り切った三人は、普通科の校舎の裏手にある中庭まで逃げてきたところで、ようやく足を止めた。
「ハァ……ハァ……! ここまで来れば……もう追ってこれないでしょ……!」
膝に手をついて肩で息をする桃に、ルビーとサファイアも息を荒らしながら呆れたような視線を向けてくる。
「ハァ……お前……急になに言い出すかと思ったら……っ」
「本当にびっくりしたよ……いきなり背後を取って走り出すんだから……それにあの身軽さ、本物のローズかと思ったよ」
ふたりから同時にツッコミを入れられ、桃はフッと勝ち誇った笑みを浮かべて胸を張った。
「ふふん、甘いよふたりとも! あの装備じゃ走れないよ! 厚底ブーツに引きずるようなローブ、背中の重い装飾にホックまでギッシリなんだから! あんな格好じゃ、このスピードと障害物走には絶対ついて来られないって!」
「いや、分析はともかく動きがキレッキレすぎんだろ……!」
「……ふふっ、でもまあ、無事に逃げ切れたから結果オーライかな」
ルビーは頭を抱えて呆れ返り、サファイアは眼鏡の位置を直しながらクスクスと笑った。




