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魔法のない普通科で。    作者: ワイ
月の鍵と桃
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満月

夕食時、四人は食堂の机を囲んで遅めの食事をとっていた。温かい紅茶と焼き立てのスコーンの香りが部屋を満たしている。

「食べすぎですわよ、桃」

上品にティーカップを傾けながら、トパーズが呆れたように、でもどこか微笑ましそうに言う。

「だって生きてるってわかったんだよ!?安心したらお腹がペコペコなんだもん! まだまだ食べるつもりだよ!」

桃が口いっぱいにスコーンをほおばりながら元気に答えると、隣のルビーが悲鳴を上げた。

「おい、ちょっと待て! それ俺の分のスコーンじゃねえか! 人のまで食うなよ!?」

「桃、少しは周りを遠慮しなさい」

サファイアが腕を組み、眼鏡の奥から真面目な顔で注意を飛ばす。

「うわ、サファイアお母様厳しい!」

「誰がお母さんだ!!」

間髪いれずに返ってきたサファイアのツッコミに、部屋中がどっと大きな笑い声に包まれた。

(ふふ、あはは……)

みんなの賑やかなやり取りを見つめながら、桃も一緒になって笑っていた。

けれど、ふと手元のティーカップの底に目を落とした瞬間、胸の奥で冷たい波がスーッと引いていくような感覚がした。

まるで最初からずっと、こうして4人で過ごしていたかのような自然な一体感。ここに来てまだ2週間しか経っていないというのに、信じられないほど居心地がいい。

けれど――。

(でも……ここは、私のいるべき場所じゃない)

この温かい部屋も、みんなの優しい笑顔も、向けられている友情も。本当は自分ではなく、どこかへ行ってしまった「彼女」のものなのだ。

(ここの席は、本物のローズのものだもんね……)

桃は誰にも気づかれないようにそっとスプーンを置き、小さく息を潜めた。


「今日は満月かー! まだ明るいから遊べるな!」

「なわけないだろ、もう夜だ! 早く部屋へ帰るぞ!」

「私も流石に今日ばかりは疲れましたわ。さあ、お部屋に戻りましょう、桃」

楽しそうな会話を背に受けながら、桃は足を止め、ふと夜空を見上げた。

「……桃???」

みんなが不思議そうに振り返る。桃は空に浮かぶ丸い月をじっと見つめたまま、ポツリと呟いた。

「月って……この世界でも変わらないんだね。どこで見ても同じだ」

元の世界で見ていた月と、まったく同じように輝く月、自分がこの場所に馴染めば馴染むほど、本当のローズを奪っている気がしてしまう。

その言葉を聞いたルビーが、ニヒヒと悪戯っぽく笑いながら後ろから勢いよく飛びついてきた。

「ふはは! なーにナルシストなこと言ってんだよ!」

「わっ!?」

不意を突かれてよろける桃に、ルビーは首に腕を回してケラケラと大声で笑う。

「桃が柄にもなくロマンチックなこと言ってるなー! 似合わないったらねえぞ!」

「ちょっと、ルビー……!」

二人がわちゃわちゃと戯れていると、サファイアがムッとした表情で間に入り、二人を強引に引き離した。

「はいはい、そこまで! 夜遅くに外でふざけない。……さっさと今日は休むぞ」

「へーい、お母様〜」

「誰がお母さんだ!」

呆れ顔で小言を並べるサファイアにルビーが軽口を叩き、またひとつ笑いが弾ける。

「ふふ、本当に賑やかですわね。さあ、今度こそお部屋に戻りましょう」

トパーズが優しく微笑み、四人は再び並んで歩き出した。

月は明るく光っていた。

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