これが本物か
「さて、やっと私の出番ですわね」
周囲から完全に人の気配が消え去り、静まり返った車庫の中。
トパーズがそっとロッドを手に持ち静かに列車の正面へと歩みを進めた。
「待たされたのですもの、張り切って参りましょう……!」
ふっと息を吸い込んだ瞬間——
ピリッ……!
目に見えない衝撃波のように、周囲の空気が一変した。
「っ……!?」
魔力を持たない桃には、魔力そのものの流れや波長を見ることはできない。けれど、肌に刺さるようなピリついた緊張感と重圧から、トパーズが今、本気で魔力を解放したことだけは痛いほどよく分かった。
「すげぇ……」
「これが……本物か……」
隣に立つルビーとサファイアが、息を呑んで感嘆の声を漏らす。
普段は優雅でお高くとまっているトパーズが解き放った圧倒的な魔力の奔流と繊細なコントロール。普通科の二人にとっても、それは圧倒されるほどの本物の「魔法科の頂点」の力だった。
トパーズは静かに装甲へ手をかざし、その透き通るような瞳で、事故の痕跡が眠る金属の奥底へと意識を集中させていく——。「ここでローズが当たった……間違いありませんわ」
装甲にそっとかざしたトパーズの手のひらから、かすかに蒼い光の粒子が舞い散る。彼女の言葉に、桃たちは息を呑んで耳を澄ませた。
「それにしても……人ひとりが当たれば、体全体の魔力が装甲に移るはずですのに。これ……腕の一部くらいまでしか当たっていませんわ」
「えっ……腕だけ!?」
桃が思わず声を上げると、トパーズは不審そうに眉をひそめ、さらに深く魔力を探りながら言葉を続けた。
「物理的に考えたら、人間と列車の正面が衝突すれば、全身が面に当たるはずですのに。まるで……手や腕だけを伸ばして列車に触れたかのような、極めて不自然な魔力の残り方ですわ」
その指摘に、サファイアが眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「全身がぶつかったんじゃない……? なら、事故の時に吹き飛ばされたはずのローズは、一体どうやって列車と接触したんだ……?」
不自然な魔力の付着痕。
「この違和感のある魔力……? が、弾いた……? 守るため……? いや、それだったら元々接触自体させないようにする保護魔法を……」
トパーズは装甲に手をかざしたまま、眉間にシワを寄せてブツブツと独り言を呟き、思考の海へと没頭していく。
その真剣でどこか神秘的な姿に、ルビーとサファイアの二人はすっかり見入っていた。普段の高飛車な雰囲気とはまるで違う、本物の魔法科の実力を前に言葉を失っている。
そんな中、桃だけはトパーズの呟きと列車の正面装甲を交互に見比べ、首をかしげていた。
「あれ? そこそこの速度で人間がぶつかったら、こんな大きな車両でも普通、凹みくらいできるよね? ……あっ、保護魔法?とかがかかってるから壊れなかったのかな?」
桃の何気ない素朴な疑問。
その瞬間、トパーズの手がピタリと止まった。
トパーズは目を見開いてハッと振り返り、今までに聞いたこともないような怒鳴り声を上げた。
「いえ!! この列車には保護魔法なんてかかっていませんでしたわ!!」
「うわっ!?」
急な大声に桃が肩を跳ね上がらせると、トパーズは興奮を抑えきれない様子で身を乗り出してきた。
「この列車はそもそも古すぎて、強固な保護魔法なんて耐えられず破綻してしまうのです! だから事故の時も、物理的な衝撃を受ければ装甲に傷や凹みが残らなければおかしいはず……! なのに、凹みがない……!?」
トパーズの叫びによって、現場に新たな激震が走った。
「人間に腕の一部しか当たっていないような不自然な魔力の残り方」と、「速度を出した列車に人間がぶつかったのに、凹み一つない装甲」。
「ローズは列車に触れた瞬間に異世界転生したのです!!!!そもそも死んで転生したのではありません!!!」
トパーズが目を見開き、確信に満ちた声を響かせた。
「「つーーー?!?」」
ルビーとサファイアが開いた口が塞がらない様子でトパーズと桃を二度見した。
「それなら全ての説明がつきますわ!」
トパーズは自分の推論に一気に熱を帯びさせ、興奮した様子で言葉を続ける。
「物理的な衝撃で『跳ね飛ばされた』のではありませんの。ローズは子供に手を伸ばして列車に触れた瞬間、その手から魔力の痕跡だけを残して、そのまま別の世界へ消え去ったあるいは転生した……! だから衝撃の凹みも傷も列車に残っていませんし、全身の魔力ではなく『触れた腕の一部』だけしか魔力が付着していませんのよ!」
「マ、マジでかよ……!! じゃあローズのやつ、死んでねぇってことか!?」
ルビーが乱暴に髪をかきむしりながら声を張り上げる。
「ええ……! 死んで体を乗っ取られたわけではなく、ローズさん自身はどこか別の世界へ跳ばされて生きている……! だからこそ、この不自然な魔力の残り方と、傷一つない装甲という矛盾が生まれたのですわ!」
サファイアも眼鏡の位置を直し、深く納得したように頷いた。
「なるほど……。事故の瞬間に強い空間の歪みか転移現象が発生したと仮定すれば、凹みがないことも、腕の一部の魔力付着もすべて辻褄が………っ…ははは…」
サファイアはその場に力なく膝をつき、そのまま崩れ落ちるように安堵の笑いを漏らした。




