学友のためにわがまま
「……それにね、桃」
トパーズはふと立ち止まり、桃だけに聞こえるような優しい声で耳打ちした。
「この『お祭り時間』を作ったのには、もうひとつ……私なりの理由がありますのよ」
「え……?」
桃が首をかしげると、トパーズは少し悪戯っぽく、けれどどこか愛おしそうに目を細めた。
「あなた、最近の魔学や実技の授業……少し難しそうにされていましたでしょう? 魔力がうまく扱えないことで、どこか引け目を感じていらっしゃるようでしたから」
ハッとした桃の顔を見て、トパーズはくすりと微笑んだ。
「だから……全校生徒がこのコンテストで大騒ぎしている間、授業も実習もしばらく特別スケジュール(お休み同然)になりますでしょう? あなたが少しでも肩の荷を下ろして、ひと息つける時間を作って差し上げたかったのですわ」
「トパーズ……それって……」
「……言ったでしょう? 私は私の学友のためにわがままを通すのだと」
トパーズはそう言って、誇らしげに胸を張った。
翌朝。
学園の大講堂には、急遽招集された全校生徒が埋め尽くすように集まっていた。
普段のスケジュールを突如変更して開催された全校集会。壇上の前に並ぶ生徒たちの間には、「一体何が始まるんだ?」という戸惑いとざわめきが広がっている。
そんな熱気と疑問が渦巻く講堂の中央、スポットライトを浴びるステージへ、一歩一歩静かに、しかし圧倒的な存在感を放ちながら登壇する人物がいた。
トパーズ・インペリアル。
彼女が壇上のマイクの前に立ち、凛とした眼差しで全校生徒を見渡すと、それだけで大講堂を包んでいた雑音が潮が引くように静まり返った。
「皆さま、おはようございます。本日は急な呼び出しにもかかわらず、こうして集まっていただき感謝いたしますわ」
鈴の音のように澄んだ、けれど講堂の隅々にまで響き渡るトパーズの声。彼女は背筋をピンと伸ばし、堂々とした立ち姿で言葉を続けた。
「本集会をお開きいたしましたのは、他でもありません。明日より、我がインペリアル家が主催・協賛を務めます、学園特別企画——『全校合同・魔導クラフト&創生コンテスト』を開催することを宣言するためですの」
その言葉が出た瞬間、客席から「コンテスト……!?」「全校合同……!?」とどよめきが沸き起こる。
「それに伴い、明日からの通常授業のスケジュールおよび年間授業日数を一時的に変更し、この企画に専念していただく特別期間へと充てさせていただきますわ」
授業日程の変更という予想外の発表に、生徒たちの驚きはさらに大きくなった。しかし、トパーズの瞳には一切の揺らぎもない。彼女は力強く、凛とした態度で言葉を重ねる。
「……皆さま。私たちが日々、当たり前のように手にし、当たり前のように使っている魔法陣、魔導具、そして日々の暮らしを支える品々……。それらは一体、誰が、どのような想いと工程を経て創り出したものか、深く考えたことがございますか?」
トパーズの声には、単なるお金持ちのわがままではない、説得力に満ちた熱が籠もっていた。
「完成された成果物や与えられた魔力だけに頼るのではなく、素材一品から自らの手で生み出すこと。普段何気なく使っている物への深い理解と敬意を持つこと——それこそが、ただの知識や術式を超えた、真の学びとなるはずですの。魔法科も普通科も関係ありません。この企画を通し、皆さまが必ずや新たな気づきと成長を得られることを、私は信じて疑いませんわ」
堂々たるその説明と演説に、最初は困惑していた生徒たちも次第に引き込まれ、やがて講堂全体が期待と興奮の熱気に包まれていく。
壇上の袖で見守っていたルビーとサファイア、そして桃は、トパーズの完璧すぎる演説に息をのんでいた。
(すごい……! 完璧に全校生徒の心を掴んじゃってる……)
桃は感嘆の溜息をつきながら、壇上で誇り高く立つトパーズの姿を見つめる。
全校生徒の意識を完全にこの「お祭り」へと惹きつけ、裏で進める事件の調査から誰もが目を逸らすための完璧な舞台装置。そして同時に、魔力の授業に悩んでいた自分にくれた「少しの休息」。
凛と輝くトパーズの背中に、桃は深い感謝と尊敬の念を抱かずにはいられなかった。




