思いは魔力を超えます
「ハァ……ハァ……! トパーズ、遅れちゃってごめんね……!」
息を切らせながら謝る桃に、トパーズは優雅にティーカップを置くと、くすりと微笑んで少し首をかしげた。
「あら、遅かったですね。もしかして居残りで『生き残り』になってしまったのですか?」
「いやいや! 生き残りは二人のおかげで間一髪、免れたんだけどさ……!」
桃は両手を合わせてサファイアとルビーに感謝しつつ、事の顛末を説明し始めた。
「まあ、何はともあれ無事に補習を免れて合流できたんだ。結果オーライだよ」
二人のやり取りと桃の焦りようを聞いて、トパーズは上品に口元を手で覆いながら、少し困ったように眉をひそめた。
「まあ……それは大変でしたわね。ですが、桃の無実(?)が証明されて、こうして無事に放課後に集まることができて安心いたしましたわ」
トパーズはすっと表情を引き締め、三人を見回す。
「それでは……約束通り、例の『列車事故の現場』の調査へ向かいましょう」
四人がやってきたのは、広大な学校敷地の外れ、いつも使っている華やかな正門とは反対側にひっそりと佇む「列車専用の門」の前だった。
重厚な鉄の扉と、敷地内へと直結する貨物用の線路。周囲には蒸気機関や作業具のメンテナンス小屋が並び、学生の姿はなく、どこか無機質な空気が漂っている。
「うわぁ……こんなところに列車用の門なんてあったんだね。知らなかったな……」
桃は目を丸くし、物珍しそうに周囲を見回した。
「ここは普段、資材の搬入口としてしか使わないからな。俺たち普通科の生徒も、当番でもなきゃあまり来ない場所だしな」
ルビーが線路の脇に積み上げられた木箱に腰掛けながら言う。
「さて……ここまで来ましたわ。何か……皆さんの直感でも、当時の思い出でも思い当たる節はありませんこと?」
トパーズが魔法の杖を軽く手に持ち直し、三人に問いかけた。
ルビーとサファイアが顔を見合わせ、真剣な表情で線路の少し先を指さした。
「ああ、俺とサファイアがあの事故の瞬間、ちょうどこの場所に居合わせられたのは、あの日ここで搬入係の当番をしてたからなんだ。……ここに子供が倒れ込んでいて、それをローズが助けたんだよ」
ルビーが踏切の脇、線路の手前を足で突く。
「その時にここから飛び上がって、線路の反対側まで行ったはずなんだ。その時の子供は泣いてはいたが、怪我は全くなく元気に帰っていったよ。一方のローズはそのままぐったりとうなだれていたよ。そこまで転がって」
サファイアが指さしたのは、線路の向こう側にある大きな鉄柱の根本だった。
すると、トパーズが地面にしゃがみ込み、線路脇のバラスト石に手をかざした。指先から淡い光が広がり、地面の痕跡を丹念に辿っていく。
「ありました、魔力の痕跡。ここがローズさんの第一歩目……そしてココが2歩目、そしてこれが最後の3歩目……。1歩目からだいぶ離れて魔力を感じますわ。子供を庇うために必死で足に魔力を込めたのでしょうね、さすがです。そして飛ばされた子供にも魔力をかけて守ってあげたのでしょうね。なんて無謀で、なんて優しい人なのでしょう」
トパーズは立ち上がり、感銘を受けたようにローズの痕跡を見つめた。
だが、サファイアが静かに眼鏡のフチをすっと押し上げ、首を振る。
「トパーズ。ローズはもともと魔力が極端に少ない生徒だ。彼女自身が意図してそれほどの魔力を足や子供に込められたとは考えにくい。彼女がそれほどの魔力を直接生み出すことは不可能だよ」
すると、トパーズはまっすぐな目でサファイアを見つめ返し、静かに、しかし確信に満ちた声で言った。
「いえ、思いは魔力を超えます」
「なるほど……いわゆる『火事場の馬鹿力』ってやつかアイツもそんなことよく言ってたな」
ルビーが手をポンと叩いて深く頷いた。
トパーズは指先に残る微かな魔力の余韻を見つめながら、ルビーとサファイアに向き直る。
「列車と衝突したのがきっとここですね、わずかに魔力を感じます……そして飛ばされた先……鉄柱では一切感じません…」
(あぁ、ここでローズは亡くなった。
そして私と入れ替わったのだ。)
全員がゆっくりと目を閉じる、でも誰も祈りは捧げない。




