『桃』
「単刀直入に申し上げますわね、桃様はローズ様では無いのですね?」
トパーズの澄んだ声が、静かな部屋に響いた。
「はい、私の記憶が間違いなければ……私には『桃』として過ごした人生があります」
桃がまっすぐ目を見つめて答えると、トパーズは静かに深く頷いた。
その横で、サファイアはポーカーフェイスを崩さずにいたけれど、かすかに眉を寄せ、チクリと胸を痛めているのが伝わってきた。元のローズを知る彼は、ローズのことを本当に大切に思ってきたのだろう。
トパーズは紅茶のカップをそっと置くと、今度は二人へと視線を向けた。
「ではルビー様、サファイア様。ローズ様が『桃様』と名乗る前までは、ローズ様はどの様なお方でしたか?」
尋ねられた二人は一瞬顔を見合わせ、それからかつての出来事を思い出すように、時折笑顔になりながら今までのローズの思い出を語り始めた。
魔道具の仕組みを知りたいと夢中になって解体し、あわや爆発を起こすところだったこと。
宿題が終わらなくて、半泣きになりながら二人に泣きついたこと。
お腹を空かせた野良犬がかわいそうだからと、クラスのみんなからパンをもらって与えたら、今度はその野良犬に追いかけ回されたこと。
そして——人助けのためにと、走ってくる列車に迷わず飛び込んだこと。
二人が愛おしそうに語る思い出を聞けば聞くほど、桃はなんて面白い子だったんだろうと思うと同時に、どこか不思議な感覚に陥っていた。
オルゴールを分解しようと好奇心を抑えきれなくなるところも、困った時に二人に頼ってしまうところも、お節介を焼いて失敗するところも。
そして何より、誰かを助けようと夢中で飛び込んでしまうところも——。
(……人助けのために……飛び込む……?)
胸の奥が妙にざわつく桃をよそに、トパーズは静かに二人へ問いかけた。
「それでも今の桃様は、やはりローズ様では無いとお思いですか?」
「ローズだったら良いって思ってるけど……桃が『桃だ』って言うんなら、そうなのかなって思う。上手く言えねーけどさ」
頭を掻きながら不器用につぶやくルビーの言葉に、桃の胸の奥がぎゅっと熱くなる。
「……僕は、トパーズ様の意見をお聞きしたいです」
サファイアはポーカーフェイスを保ったままそう言い、静かに会話の焦点をトパーズへと向けた。現実から少しだけ目を背けるような、彼の不器用な逃避だった。
トパーズは落ち着いた所作で紅茶を口に含み、そっとカップを置いた。
「そうですね……彼女は異世界から転生し、ローズ様ではなく『桃様』としてここにいらっしゃるのだと、私は思います」
トパーズの明確な言葉に、サファイアは小さく息を漏らしてうつむき、ルビーは不安と確かめるような思いの混ざった視線で桃を見つめた。
「私の『人払いの魔法』を、彼女はすり抜けました。……最初は、私に対するアンチ魔法を使って敵対心を持っているのかとも疑いましたわ。しかし、図書館で試した『透過の魔法』をも見抜かれました」
「なるほど、それで僕らにはトパーズ様を確認できなかったわけですね」
「あれは私自身の魔法ではなく、アンチ魔法を警戒して従者にかけさせたものでしたの。魔法というのは、かけるのもかけられるのも、大なり小なり魔力が無ければ成立いたしません。だから先程スニーキングしてくるときは、桃様と離れて行動してくださって助かりましたわ。上手く男子たちだけに魔法をかけられましたもの」
うふふと上品に笑うトパーズに続き、彼女はテーブルの上のハンカチに目をやった。
「あと、こちらのハンカチーフも試しに置いていきましたの。この世界にいれば、コレの価値に気がつくはずですわ」
「げぇ!? これって本物の魔法絹の……!?」
あのルビーですら声を上げて驚いている。
トパーズはまっすぐに桃を見つめ、静かにその言葉を続けた。
「それに、昔のローズ様の成績も確認させていただきましたわ。魔力が少ないながらも、必死に魔法使いを夢見て努力していたことも知っています……ですが、今の彼女の在り方は、それとは全く違う。『桃様』と名乗る別の魂が入っているとでも考えなければ、すべての辻褄が合わないのです」
トパーズは少し言葉を区切り、静かに結んだ。
「つまり……『異世界転生』という現象が実際に起きたと、信じるしかないでしょうね」
その言葉を聞いた瞬間、サファイアはゆっくりと頭を下げ、手元のティーカップの底をじっと見つめながら呟いた。
「……っ。異世界転生の話なんて、僕たちはまだトパーズ様の前で一言もしていなかったのに……その単語が出てくるなら、もう本当に……そうなんでしょうね……」
絞り出すようなサファイアの声には、諦めと、どこか納得せざるを得ない切なさが入り混じっていた。




