あなたという人は
三人は食堂の端の席で、トレーを前に頭を突き合わせていた。
「そう言えばさ……あの日のあとから、食堂にあの取り巻き連中も来なくなったし、校内でも魔法科の奴らに絡まれることが一切なくなったよな」
スープをすくいながら、ルビーがふと思い出したように呟く。
「それだけトパーズ様の影響力が大きいってことだよ。彼女の一言や態度ひとつで、周りは動けなくなる」
サファイアが淡々と分析するように頷いた。
「一週間も監視されてたのはびっくりだけど……もしかして、影から私たちを守ってくれてたのかな?」
「桃はお気楽だなー。試されてたって言われたばっかりだろ?」
ルビーに苦笑いされ、桃は「えへへ」と小さく肩をすくめた。
だが、一番の懸念事項は依然として残ったままだ。
「で、結局どうやって夜にトパーズ様の部屋に行くんだ? 魔法科の女子寮なんて結界も警備もガチガチだろ?」
「僕たち普通科が入ろうとすれば、一発で警備員に捕まるね。抜け道を探すにしても時間がなさすぎる」
「誘ってくれてるくらいなんだから、向こうから何かアクションがあるんじゃないか?」
「いやいや、待つだけで何もなかったらどうするんだよ」
同じ会話が堂々巡りで三人の口から何度も繰り返されていた、その時——。
「お隣、よろしいかしら?」
聞き覚えのある、鈴を転がすような気品あふれる声が頭上から降ってきた。
振り返ると、そこには普通科の制服をきっちりと着こなした一人の女子生徒が、トレーを持って優雅に立っていた。
「トパー——っ!?」
一瞬でその正体に気がついた桃が叫びそうになると、素早い動きで柔らかい指先が桃の口を塞ぐ。
「むぐぅ……!?」
「しーっ、ですわ。声を張らないでくださる?」
トパーズはクスッと悪戯っぽく微笑むと、桃の隣の席へ滑り込むように腰掛けた。
「え……!? ちょ、トパーズ様……!? なんで普通科の制服着てんだよ!? バレねぇのか!?」
目を丸くしてパニックになるルビーと、驚きで固まるサファイアを余所に、トパーズは胸元を軽く整えながら涼しい顔で言い放った。
「ふふ、これだけで意外とバレないものなんですのよ? 皆が見ている『インペリアルトパーズ』なんてのは、所詮『魔法科のインペリアル家の娘』ですの。トパーズそのものに、みなさん興味なんてありませんのよ」
彼女はそう言うと、いつもの綺麗で長い髪を雑に一つに束ね、胸元から取り出した度数の入っていない大きめの眼鏡をすっとかけた。
これだけの変装で……と周りを見渡してみても、食堂の生徒たちは誰一人として彼女に視線を向けていない。普段のあの完璧で気高く絢爛なオーラを消し去るだけで、人間というのはこんなにも他人に頓着しなくなるものなのだろうか。
けれど、桃の目には違って見えた。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
雑に束ねた髪や、少し肩の力を抜いたその佇まい。
それは桃にとって、あの夜、木陰で泥と汗にまみれながら必死に一人で魔法を練習していたトパーズの姿と重なって見えたのだ。
「誰にも見られていない自分」でいる時こそが、きっと彼女の本当の素顔なのだと、桃は胸の奥で静かに理解した。
「……そ、そうなんだ。でも……私には、ちゃんとトパーズ様だって分かるよ」
ぽつりと呟いた桃の言葉に、トパーズは一瞬だけ丸く目を見開いたあと、照れくさそうに笑った。
「……あなたという人は、本当に……」
「ゲホンッ!」
静かな空気を破るように、サファイアが咳払いをしながら身を乗り出してきた。
「あー……トパーズ様。変装の凄さは分かりましたが、これでどうやって今夜、僕たちを魔法科の寮に案内するつもりなのですか? 流石に僕たち三人まで魔法科の制服で紛れ込ませる……なんて無理ですよね?」
ルビーも「おう、結界とか警備はどうすんだよ?」と興味津々で顔を近づける。
トパーズはすぐにいつもの落ち着いた表情を取り戻すと、スープのカップに手を添えながら、唇に小さな笑みを浮かべた。




