人払いの魔法
トパーズ様は上品に口元をあでやかにほころばせると、周囲を一瞥して優雅に人差し指を口元に当てた。
「私、あなた達をこの1週間監視しておりましたの。なにせ、私の『人払いの魔法』をすり抜けていらっしゃいましたからね。」
「ひ、人払いの魔法……!?」
呆然とする私に、トパーズ様は手の中の白いハンカチをそっと撫でながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「このハンカチーフは、わざと落としましたの。それをあなたがどうされるのか、試しておりました」
「試して……た……!?」
家一軒分のハンカチを試すためだけに……!?
衝撃の連続で私の頭がパンクしそうになっていると、トパーズ様はスッと姿勢を正し、私をまっすぐに見つめた。その瞳には、今まで見せたことのない深くて真剣な光が宿っている。
「……詳しいお話は、今晩私の部屋でお茶でもしながらお話ししませんか? もちろん、ルビー様とサファイア様もお誘いして」
「トパーズ様……! は、はいっ! 絶対に行きます……!!」
必死でうなずく私を見て、トパーズ様は満足そうに微笑む。
「では、ご機嫌よう」
トパーズ様が優雅に優美なお辞儀をしてローブを翻した瞬間、ブワッと強い風が吹き抜け——次の瞬間には、彼女の姿は影も形も消えていた。
(消えた……!? 魔法科のトップって、こんなこともできるんだ……)
「おいっ! 桃ーーっ!!」
遠くから聞き覚えのある大声が響き、見込めばルビーが全力疾走でこちらへ走ってくるのが見えた。
「お前、急に走り出すんじゃねぇよ! 心臓に悪いだろ!」
肩で息をしながら追いついてきたルビーが、周りをキョロキョロと見回しながら首をかしげる。
「で? 追いかけてどうしたんだよ? 結局トパーズ様なんていなかったじゃねぇか!」
「ううん、いたの……っ!」
私は興奮を抑えきれないまま、今さっき起こった出来事を一気に二人に説明した。
追いついてハンカチを返したこと、そのハンカチが実は家一軒分もする超高額な魔導糸でできていたこと、この一週間ずっと監視されていたこと、そして……今夜、トパーズ様の部屋でお茶をしながら二人のことも含めて詳しい話をしようと招待されたこと。
「は、はぁぁぁあ!? 家一軒!? 監視!? 今夜部屋に招かれたぁ!?」
目を丸くして叫ぶルビーの横から、ずしんと重い気配が近づいてきた。
「……桃」
「ひっ……!」
振り返ると、そこにはカンカンに怒ったサファイアが立っていた。いつも穏やかな彼の額に青筋が浮かんでいる。
「急に走り出すだけでも危ないのに、図書館の中で叫んで走り回って……僕たちがどれだけ司書さんに怒られたか、分かってるの……?」
「サ、サファイア……ご、ごめんなさい……っ!」
どうやらルビーと一緒に私を追って走り出そうとしたサファイアは、案の定、怒髪天を衝く勢いの司書さんに捕まり、たっぷりとお小言を食らってきたらしい。眼鏡の奥の瞳が全く笑っていなくて、私は思わずルビーの背中に隠れた。
ルビーが苦笑いしながらも私を庇うように立ち、サファイアになだめるように手を向けた。
「まあまあサファイア、怒んなって! それより聞いたかよ、トパーズ様の招待! これって超大チャンスじゃねぇか!?カクカクしかじか」
「……はぁ。まったく、二人とも……」
サファイアは深く重い溜め息をつき、眼鏡の位置をクイッと直した。
「怒る気も失せたよ……。でも、とにかく無茶はやめてよね。……で、トパーズ様の部屋に行くとして、普通科の僕たちがどうやって夜の魔法科寮に潜入するつもりなのかな?」
「「あっ」」
サファイアの冷静なツッコミに、私とルビーは思わず顔を見合わせた。




