捕まえた
トパーズの身体はこちらを向いていた。
けれど、何かの考え事に没頭しているのか、まだ桃の存在には気づいていない。
「静かに! 図書館の中ですよ!」
周りの生徒たちの諌めるような静止声が館内に響き渡り、その声に反応してトパーズがゆっくりと視線をこちらへ巡らせた。
バチッと、正面から目が合った。
「……ッ!?」
その瞬間、完璧で崩れることのなかった彼女の表情が、目を見張るほどの驚きで劇的に塗り替えられる。
トパーズは一瞬だけ息を呑むと、弾かれたようにくるりと翻身し、ローブの裾をひるがえして走り去ろうとした。
(逃がさない……っ!)
けれど、すでにトップスピードに入っていた桃の脚力は、自分でも驚くほど早かった。
煌びやかな絨毯を蹴り、図書室の大きな重いドアを押し開け、光の差す廊下を駆け抜ける。
「待って、トパーズ様……っ!」
図書館を出たすぐ外、静かな裏口の影。ついに背中に追いついた桃は、迷わず伸ばした手で彼女の細い手首をギュッと捕まえた。
「捕まえた……ッ!」
「な……ッ!?」
勢い余って二人で立ち止まり、激しく息を乱す。トパーズは目を見開いたまま、捕まえられた自分の腕と桃の顔を交互に見つめていた。
桃は乱れた呼吸を必死に整えながら、頭を深く下げて叫んだ。
「ごめんなさい……っ!! この間は急に抱きついたりして……ッ! それに、今もいきなり追いかけて驚かせちゃって……!!」
トパーズが呆然と口を半開きのまま私を見つめる中、私はポケットから大切に持ち歩いていた真っ白な布地を取り出し、両手で彼女へと差し出した。
「あと……こちら! この間、落とされていました……!」
はぁ、はぁ、と肩を大きく上下させながら、まっすぐに差し出されたハンカチ。
ぜぇ、はぁ、とトパーズもまた、自分の胸元を押さえながら荒い息を吐き出していた。あんなに完璧でクールだった彼女が、息を切らして髪を少し乱している。
次の瞬間——
「……ふっ、あははっ……!」
トパーズの口から、こらえきれないといったような可憐な笑い声が零れ落ちた。
「……桃様、あなた、このハンカチーフの価値を知ってらしたの?」
トパーズ様は呼吸を整えながら、桃が差し出したハンカチをそっと見つめ、くすりと微笑んだ。
「へ……? 価値、ですか……?」
ポカンとする桃に、彼女は少しだけ悪戯っぽい瞳で囁くように告げた。
「ええ。これ、特殊な魔導糸で織られた最高級の絹なんですの。……この一枚で、小さな家一軒は軽々建ちますわ」
「は……?????」
家……一軒……!?
それを聞いた瞬間、桃の頭の中は真っ白になり、差し出していた両手がガクガクと激しく震えだした。
一週間、ポケットの中に突っ込んで持ち歩いていた布片が、まさかの家一軒分……!?
青ざめて震える桃の反応を見て、トパーズ様はふふっと楽しそうに声を立てて笑った。
「ふふっ、そんなに怯えなくても取られたりいたしませんわ。……お友達のルビー様やサファイア様に尋ねていらっしゃれば、この価値もすぐにお分かりになったでしょうに。本当に私に会った事を守って、誰にも話さず見せずにお持ちくださったのね」
彼女はそっと私の手からハンカチを受け取ると、柔らかく、けれど深く頭を下げた。
「ありがとうございます。そして……ごめんなさい、桃様」
「へ……!?」
頭を上げるトパーズ様の表情には、昨夜の冷たさは無く、年相応の温かい色が浮かんでいた。
思考が一瞬停止する。
(……待って。トパーズ様は今、私のことを「桃様」と呼んだ?それに、ルビーとサファイアの名前まで知っていたの……!?)




