番外編 顔は赤いけど熱はないね?
いつもの食堂、昼ルビーとトパーズは二人の到着を待ち構えていた。
やがて遠くから足音が聞こえ、待ちに待ったサファイアの姿が見えてくる。しかし——ローズの姿はそこになかった。
「……ローズはどうしたの!!?」
トパーズの鋭い声が響くやいなや、彼女は持っていたティーカップをガチンとテーブルに叩きつけた。周囲の生徒たちがビクリと肩を跳ね上げる。
「な、何をそんなに熱くなってるんだよ……? 朝指摘した刺繍のズレを見てから、ローズはずっと授業もそっちのけで教室にこもって、集中して刺繍を縫い直してるけど……」
ピリついた二人の空気感をまったく分かっていないサファイアが、おずおずとそう答えた瞬間。
「サファイア、よく聞きなさい。魔法科のヤツが、本気でローズを狙ってるからね」
「今日の放課後、直接話しに行くって言ってたぞ。……冷やかしとかじゃなくて、ガチのやつだ、オレは今日そっちには行けないからこれが最後だぞ」
ルビーの顔は、先ほどまでの悪ふざけの色は一切なく、真剣な眼差しだ。
「なっ……!? ……い,いやでも,僕には関係……「ないわけないでしょ!!!!」
ダンッ!!! と、今度はトパーズがテーブルを両手で叩きつけ、勢いよく立ち上がった、わなわなと震えている。
「どこの凡骨ともわからない男に、ローズを取られるのを指をくわえて見ているつもり!? ……ヘタレもいい加減にしなさいよ!! あっちの世界の蒼は、同じような場面であんなに必死に——っ! あいつの方がよっぽど熱い男だったわよ!!」
トパーズの脳裏によぎるのは、かつて同じ場所で、ローズと桃、ルビーたちの尊厳を守るために啖呵を切った「蒼」の姿だった。同じ魂を宿していながら、どうして目の前の男はこうも煮え切らないのか。
「……お前,このまま指くわえて見てて,後悔しても知らねーからな?」
ルビーは冷ややかな,見限るような目をサファイアに向け,深く見下ろした。
(なんなんだよ,あの2人は……! どうしてそんなに必死に……。僕は,一体どうすれば……)
頭が真っ白になりながらも,サファイアは溢れ出した焦りを消さずにいた。
教室ー昼休み
チク……スー……チク……スー……。
移動教室のなかった午前の授業。ローズは時間の経過も忘れ,針を動かす手に全神経を注ぎ込んでいた。いわゆる「過集中」の状態に入り込んでしまった彼女の耳には,もはや周囲のざわめきすら届いていない。
「あっ!? …………お腹すいたぁ………って,もう食堂終わっちゃう!? うぁん……お腹すいた………」
ガバッと顔を上げた時には,すでに教室の空気がガラリと変わっていた。慌てて自分の机の上を見ると,一枚のメモが置かれている。
『声をかけても返事が無かったから先行くよ サファイア』
「はぁ……またやっちゃった………」
お昼の時間をすっかり過ぎてしまったことへの絶望と,相変わらず過集中になって周りが見えなくなってしまう自分への後悔で,ローズはうなだれた。
「……そんな事だろうと思ったよ」
ふと頭上から声が降ってきて,視線の先にサファイアが立っていた。その手には,食堂からわざわざ持ってきてくれたサンドイッチが握られている。
「はぁぁーーー!!!!! ありがとうサファイアお母さん!!!」
「はぁ……誰がお母さんだ……」
「? ん?」
いつもならここで軽口を叩いて終わりのはずだったが,目の前のサファイアはどうにも様子がおかしい。どこか落ち着きがなく,落ち込んでる。
「んーーー???」
首をかしげたローズは,こともあろうか,ひょいとサファイアの懐にスッと入り込んだ。
背伸びをし,自分の額をサファイアの額にぴとっとくっつけたのだ。
「顔は赤いけど熱は無いね?ルビーやトパーズと喧嘩した?」
「っーーーー!?!?!」
あまりの至近距離,そして目が合う。
「つ………僕は,大丈夫だから……!! 早くそれ食べな! んで午後の授業はちゃんと受けなさい!」
サファイアは真っ赤な顔を慌てて背け,散らばった刺繍の道具をため息をつきながら雑に片付け始めた。
「ふぁい,おかあさん,もぐもぐ……」
差し出されたサンドイッチを両手で美味しそうに頬張りながら,耳まで真っ赤にして慌てる幼馴染の背中を見つめるのだった。




