番外編 天使みたい優しい
翌朝の食堂。
「おはよ! 見てみて! こんなに刺繍も進んだ!! 糸同士にも陣を組んで強固な護りになるように、より一層頑張るよ!」
ローズとルビーの仕事用のローブを手に持ち、ローズは目を輝かせながら熱く語る。
「まぁ……本当にステキな魔法だわ…。陣のかけ方だけでなく、刺繍自体のデザインもローズの優しさが滲み出ているデザインだわ」
トパーズはうっとりしながらその刺繍をそっと撫で、ルビーは「あんな、はちゃめちゃな魔法しか使えなかったのに、立派になったもんだ」と素直に感心していた。
周囲の野次馬たちも「ローズちゃんが二人のために作ってるんだって!」「やっぱりいい子だわ……」とヒソヒソと温かい視線を送っている。
「デザインの計算は全部私じゃないよ! サファイアだって! 私じゃこんな高度な魔法の計算できないよ〜!」
周囲の称賛を否定するようにブンブンと手を振るローズ。
その様子を眺めながら、トパーズは優雅にティーカップを置いた。
「そう言えば。サファイア、ローズに何か言うことがあるみたいね? 話はもう聞いてるわよ」
「……!? はぁ!? なに も言うことなんてないよっ! あっ、ここ、糸、数ミリズレてる! じゃあ僕はこれで先に教室行くから!」
動揺を隠しきれずに逃げ出すサファイアの背中を見送り、ローズはハッと刺繍を見つめ直した。
「……えっ!? あ、本当だ!! ここズレてる……。ごめんトパーズ、今夜も部屋にご飯持ってきてもらっていい…?」
「はぁ………もちろんよ、ローズ」
煮え切らないサファイアへのイライラと、ローズの無防備な可愛らしさへの複雑な感情で、トパーズは思わず深い溜息をつく。
「ご、ごめんね! 本当に気がつかなくて!」
「ち、違うのよローズ! 今のため息はサファイアに向けてよ!!」
そんなやり取りを眺めながら、ルビーは底意地の悪そうな、しかし最高に楽しそうな笑みを浮かべた。
「あいつ、一回痛い目見なきゃわかんねーなこりゃ」
翌日、朝ごはんを食堂で食べ終えてルビーとトパーズら魔法科へと向かう廊下を歩きながら、トパーズはなおもぼやいていた。
「はぁぁぁ……蒼はもっと熱い男だったのに。『ローズには先客がいる』って大勢の前で啖呵切ってたのに……同じ魂といえど、どうしてこうも違うのかしら」
「あいつ、一回痛い目見なきゃわかんねーだろうな。んー,どうすっかなー……」
頭の後ろで腕を組み、空を見上げて悪巧みを巡らせていた、その時だった。
「あっ、トパーズ様! おはようございます! ちょっとルビー、借りますね!!」
「あっ、おい!」
突如として現れた昨日の男子生徒に、ルビーは問答無用で腕をぐいっと引っ張られた。
「なぁ! ローズちゃんと幼馴染って本当かよ!! 俺、結構マジだからさ,いろいろ教えてくれよ! お願い!!」
「はぁ!? あいつのどこが……って、いいぜ。何から教えてやろうかなー?」
ルビーの口元に、ニヤリと悪趣味で最高に楽しげな笑みが浮かぶ。
——こうして、サファイアを盛大に焦らせるための新たな作戦が、水面下で動き出すのだった。
「ローズは食べるのが大好きで、特に甘いものが大好きだなー」
「ふむふむ」
「んで、魔力はすんごい少ないのに、途中で暴発する」
「そんなの、俺が教えてあげられるし!」
「おっ、頼もしいなぁ」
(……あいつのヤバさを知らねーから、そんな気軽に言えるんだよ)
ルビーは内心で思いきり毒を吐いた。
「あとは、魔法使いにすごく憧れてるな!」
「じゃあ、魔法科の俺ならいけるんじゃないか!?」
「さぁ〜、どーだろうなー? 何もしないヘタレでいるよりはいけるんじゃねーか? ま、オレが手伝えるのはこんなもんよ!」
ニヤッと不敵に笑ってみせるルビーに、男子生徒はパッと表情を輝かせる。
「サンキュールビー! 俺、今日の放課後話しに行ってみるよ! じゃあな!」
「は? 放課後? お前、行動早いな!?」
疾風のように走り去る男子生徒の背中に、ルビーは思わず驚きの声をあげた。
——って、放課後って、おい、もう今日じゃねぇか……!?
「……聞いてたわよ、ルビー」
「うわっ!?」
背後から、のそっと幽鬼のような気配でトパーズが姿を現した。
「……? なんだよ、わりーかよ? あんな何もできないヘタレも、これで少しは危機感持つだろ〜」
「そんな呑気な話じゃないわよ!!!!」
「ビクッ!?」
魔法科の廊下に響き渡るトパーズの叫びに、ルビーは思わず肩を跳ね上がらせる。
「ローズは!! ……ローズは天使みたいに優しいのよ……!? もしそれで今日の放課後、告白でもされてみなさいよ!? 断れなくてOKしちゃうかもしれないじゃない!!」
「いや、それならそれで、あいつが選んだんなら——「よくない!!! 私はローズとサファイアを、将来インペリアル邸に置くつもりなのよ! フィアンセの貴方は当然として! !二人は私たちの専属の仕立て屋にするつもりなの……! それこそ、二人が作り出す服や魔法の仕立てはこんなハンカチなんか目じゃないわ!私たちの仕事や今後入れ替わりの被害者が出ないようするかけがえのないものなのよ!! それを……どこの馬の骨かも分からないような奴に……! それなら、あのヘタレの方が何百倍もマシだわ……!」
一息に熱弁を振るったかと思うと、トパーズはそのまま目元を押さえてメソメソと泣き出してしまった。
「ト、トパーズ……そこまで……」
ルビーの顔から、先ほどまでの余裕の笑みが完全に消え去った。
脳裏に浮かぶのは、自分たちのために手ずから縫い上げ、強固な魔導陣を宿した防護服を着せてくれる二人の姿だ。あの仕立ての仕事が、自分たちの命や未来をどれほど支えているか、ルビーが一番よく分かっている。
もし、その貴重な才能とローズ自身が、あの軽薄な男子生徒の押しに流されて変な方向に行ってしまったら——。
トパーズの描く将来の計画も、自分たちが心から頼りにしている「最高の仕立て」の未来も、すべてが根底からぶち壊しになってしまう。
(……やべぇ。サファイアをちょっと焦らせてやろうと思っただけなのに……! 放課後までにガチでローズが変な男に持ってかれたら、あいつらのあの仕立ての仕事も、オレたちの仕事ももしかしたら国レベルで全部めちゃくちゃになっちまったぞ……!?オレなんかやっちゃいました……?!)
「ヘタレを煽る」という軽いおふざけが、自分たちの最も大切な基盤を揺るがす大惨事の引き金になりかねないと気づき、ルビーは冷や汗をダラダラと流しながら己の発言を猛烈に後悔するのだった。
蒼「なんか僕が引き合いに出されてるけど必要に駆られて言っただけで普段だったら言わないから」メガネくいっ




