今を生きろ
ガタン、ゴトン――――。
「『これ、個室なのか……!?』」
列車に乗り込んだ蒼とルビーの声が見事に重なった。
外観こそレトロな列車だったが、案内された座席は魔法が施されており、想像以上に広々とした完全な個室空間となっていた。
「すごっ、こんなの見たことないよ……」
魔法じかけのフカフカなシートに腰掛け、目を丸くする蒼。
「ふふっ、わたしのお父様が手配してくれたからね。さあ、冷めないうちに食事にしましょう!」
桃が広げた特製のお弁当――溢れんばかりのサンドイッチや色鮮やかなおかずを囲み、4人は和やかに会話を弾ませる。
だが、楽しい時間を過ごしながらも、蒼の表情にはふと影が落ちた。
「……やっぱり、僕たちがこんな風に楽しんでいていいのかな……」
ぽつりと漏らされた蒼の不安。
過酷な期限や転生者の状況を思えば無理もない言葉に、すさかさずルビーの怠惰な声。
『はぁぁぁ〜〜〜……お前さぁ、もっと今を生きろよ。将来どうなるかなんて誰にもわかんねーんだからさ。仮に戻れなかったとしてみろ? 次に学園から出られるのなんて、卒業後だぞ!?』
「……ですって。相変わらずお気楽な頭だこと。でも、旅費をすべて出してくれたお父様の前でそんな顔をしていたら、失礼になってしまうわよ?」
トパーズは優雅にハーブティーを一口含み、クスッと微笑む。
「そうだよ! 『今』楽しいと思ったら、笑っていいんだよ! 蒼もほら、笑っとこ? ね?」
桃が笑顔で身を乗り出し、蒼の両頬を指でぐいっと上に引っ張り上げた。
「……っ、まったく……」
情けなく口角を上げられた蒼は、思わずフッと吐き出すように笑った。
「フッ……そうだな。じゃあ、そのサンドイッチをもらうぞ」
「あはは! えー、それ私の一番のお気に入りなのに〜!」
走る列車の揺れに身を任せながら、個室の中にはあたたかな笑い声が満ちていた――。
ガタンゴトン、ガタンゴトン……。
列車が規則正しい音と振動を立てて揺れている。
ふと目を開け視線を向けると、ルビーとトパーズがお互いの手をしっかりと握りしめたまま、ぐっすりと眠っていた。
「あ、桃、起きた? おはよ」
それに気づいた蒼が静かな声で言い、温かいお茶を差し出す。
「ん、おはよ、ありがと」
魔道具のポットから注がれたお茶の温かさが、受け取った桃の手にじんわりと染み渡っていく。
「……私、蒼に謝らないといけないって思ってて……。私が最初に『この人たちを返してあげたい』なんて言い出したせいで、本当にみんなの時間を無駄にしちゃってたらどうしようって……。もしかしてトパーズのお父さんが約束を守ってくれなくて、みんなの記憶を消しちゃったら、私達だって……!! 蒼はそこまで全部わかってたから反対したんでしょ? 大人しくもっと禁書庫で調べ残しがないか探すとか、別の方法をずっと考えてたんだよね!?」
湯気の立つカップを持つ桃の手が、カタカタと小さく震える。
「そうだよ。全部、桃が言った通りのことを考えてた」
蒼は持っていたカップを静かにテーブルへと下ろすと、桃の目を見つめ返した。
「でも、今はこれが最善だと思ってる。こうやって出かければ、ルビーたちだってあんなセルフ拷問みたいな真似をしなくて済むし、書庫も流石に漏れがないってくらい見尽くした。実際にバグを起こした人たちの元に行って、情報を集める方がずっといいんじゃないか?」
そこまで一気に語ると、蒼は申し訳なさそうに少し視線を落とした。
「……それに、僕こそ謝らないと。あの時、感情的になって怒鳴ったりしてすまなかった」
「そんな事ないよ! だって蒼は私のため……に……ッ……あっ……!」
言いかけて、あの時の蒼の必死な表情や言葉を思い出してしまい、桃の顔が一気にカッと赤くなる。
そんな桃の様子を優しく見つめながら、蒼は静かに言葉を重ねた。
「だからいいんだよ。――正直、桃さえいてくれたら」




