虫
禁書庫へと続く薄暗い廊下を、二人はただ無言のまま歩き続けた。
いつもなら、せっかちな桃が先を急ぎ、蒼がそれに振り回されるのがふたりの日常だった。
けれど、傷を負っている今は違う。触れ合う肩、肩口から伝わるかすかな体温。二人はぴったりと体を寄せ合い、お互いの重みを分かち合うように足並みを揃えていた。
学園全体は、クラフト大会最終日の狂乱のような熱気に包まれている。
遠くから聞こえる歓声。だが、今の二人にはそんな賑わいすら遠い世界の出来事のようだった。耳の奥でうるさいほど跳ね回っているのは、お互いの激しい心臓の音だけ。
楽しげに行き交う生徒たちの誰一人として、彼らが静まり返る禁書庫へと向かっていること——そして、その胸の中にどんな想いを秘めているのかに、気づく者はいなかった。
バタン。
重厚な木製の扉が閉まり、ホコリと古い紙の匂いが満ちる空間に閉じ込められる。
「「あの……!」」
重苦しい沈黙を切り裂いたのは、まったく同時だった。
「あはは……もう、あの二人には完全にやられちゃったね」
困ったように笑ってみせる桃。その隣で、蒼は胸の底から「っ〜〜〜〜……はぁ……」と深く熱い息を吐き出すと、腹を括ったようにその瞳に強い光を宿した。
「さっきも言ったけれど……僕には何よりも、誰よりも桃が大切なんだ。……この世界で君と再会できた時、生きている君に触れられた時、本当におかしくなるくらい嬉しかったんだよ」
薄暗い禁書庫の中。影が落ちて相手の表情ははっきりと見えないはずなのに、自分の顔が、耳が、熱く沸騰しているのが嫌というほど分かる。
「……普段真面目なあの蒼が、私をからかうためだけにそんなこと言うはずないもんね。……本気、なんだよね」
桃は破裂しそうな胸の動悸を必死に押さえつけ、逃げ出しそうになる心を奮い立たせて蒼の顔を見上げた。
視線が、真正面からぶつかり合う。
蒼は顔を真っ赤に染め上げながらも、決して目を逸らすことなく、吸い込まれそうなほど真剣な眼差しでまっすぐに桃を見つめ返していた。
ガササッ……!
「ひゃぁっ!?」
「「ビクッ!!!」」
弾かれたように二人の身体が同時に跳ね上がる。
「っ……そ、そうだ……ここ、虫が多いんだったね……」
「は、早く調べて、ここから出よう……か」
「うん…………」
静まり返る書庫に、二人の引きつった声が裏返って響く。
邪魔が入ってホッと息を吐く安堵と、あと一歩踏み出せなかったことへの悔しさ——そんな甘酸っぱく煮煮え切らない余韻を抱えたまま、二人は熱を持った手で重い本を開き始めた。
末長く爆発しろ




