【思いは魔力を超える】
オルゴールの裏面に深く刻まれた名前を、桃はそっと指先でなぞった。
ぽろぽろと、意図せず瞳から涙がこぼれ落ちる。
「あれ……おかしいな。涙、止まらないや……っ」
元々は、元の世界へ帰るための時間を稼ぐ[休憩]であり、周囲の目を逸らすための[カモフラージュ]に過ぎなかったはずなのに。
「ふふ、これが『燃え尽き症候群』ってやつかしらね」
トパーズがくすりと微笑みながら、オルゴールのネジを優しく巻く。
「……まだまだ、作りたかったな」
しんみりと呟く桃に、ルビーの力強い声が脳内に響いた。
『桃がアイデアを出して、最後までずっと諦めずにやったんだ。ありがとな、桃』
トパーズがそのテレパシーを優しく全員に伝える。
「僕は途中参加だけど、楽しかったよ。……まさか、あの『分解魔』だった桃が、こんな風に物を作るようになるなんてね」
蒼がフッと目元を緩ませ、懐かしむようにオルゴールを見つめる。
「……サファイアとも、一緒に聴きたかったな」
同じ作業をし、同じ志を抱いていた仲間——サファイアの面影を思い浮かべながら。
4人は、自分たちで初めて作り上げた曲『昼の月』の澄んだ音色に静かに耳を澄ませた。
やがてオルゴールの回転が緩やかになり、小さな音がひとつ、ぽつりと消えた。
「……ローズにも聴かせたいな。これ、私たちが作ったんだよって。『これが私の、ここにいた証なんだ』って」
桃の言葉に、トパーズが静かに頷く。
「【思いは魔力を超える】……きっと見せられるわ。私もそれを信じる」
「やれやれ、ルビーもあの時、ノリで禁術を使う勢いだったからな」
呆れたように言う蒼に、ルビーは不器用そうに顔を背けた。
『あの時はそれしか考えられなかったんだって……もう二度とやらねぇから……』
「……だそうよ」
トパーズが可笑しそうに伝える。
蒼はそのやり取りを見つめながら、かつてローズが口にしていた言葉を思い出していた。
(『思いは魔力を超えるんだよ! だから私はまた向こうに帰って、魔法使いになる!』……って、ローズも言っていたっけ)
【思いは魔力を超える】——。
脳裏でそのフレーズが何度も反響した瞬間、蒼の顔色が一変した。
ガタッ!
「……それって、まさか……『呪い』でもできるんじゃないか……!?」
唐突に立ち上がった蒼の言葉に、場が静まり返る。
「っ……多分、あの時のわたしも、そんな気がしていた」
稀代の魔術師に対して禁呪を仕掛けようとした時の感覚を、トパーズは痛烈に思い出す。
「なぁ……あの戦争の時、無残にも拷問や虐殺をされた人たちは、何を願って死んでいったと思う?」
蒼の鋭い視線が空間を射抜く。
「僕なら、魔術師に対する憎悪や呪いはもちろんのこと……自分たちが必死に作り上げた工芸品のせいで戦争が起き、家族が巻き込まれたとしたら? 僕なら……もう二度とこんな惨劇が起きないように、己が作った『物』に最後の祈りを込めるかもしれない」
「それって……! 桃、かぎ針を貸して! まだ月が出ているわ!」
「えっ!? は、はい!」
トパーズは桃からかぎ針を受け取ると、今まで試したこともない極限の魔力感知へと意識を集中させた。
「こんなこと、やったことも聴いたこともないけれど……! 残っている微かな魔力から『感情』を読み取る……! お願い、答えて……!!」
引き出されたのは、あまりにも凄絶な残存思念だった。
(許せない——帰りたい——あの子は無事だろうか—なにしてる?—あいつをどうにかして追い詰めてやりたい——こんなことを繰り返させない—大切な—助けたかった——護りたかった——!!)
「つ……っ、ぐうぅ……っ!!」
渦巻く憎悪と悲痛な感情の濁流が、ダイレクトにトパーズの精神へ流れ込んでくる。あまりの衝撃に脳が焼き切れそうになった、その時。
ぎゅっ!!
『戻ってこい、トパーズ!!!!』
隣にいたルビーが、躊躇なくトパーズの身体を強く抱きしめた。
ルビーの魂の叫びと、体幹を支えるぬくもりがトパーズを現世へと引き戻す。
「っ……はあぁっ、はぁっ、はぁ……っ!!」
それは紛れもない死者の叫びだった。




