もう終わりだよ
「桃……わたしのせいで、本当にごめんね……」
「ああ、いいっていいって。私、よく転がって頭もぶつけてたし」
へへっ、とおどけて笑う桃に、トパーズは胸を詰まらせる。
「ずっと家のせいで……ずっとずっと頑張ってきたんだよね。わかってたのに、支えてあげられなくてごめんね。私が帰ってもルビーがいる、サファイアもいる、ローズも絶対トパーズの力になるよ。絶対だよ……まぁ、いつ帰れるかわからないけどさ!」
へへへ、とそれはおどけた、けれど諦めにも似た明るい笑い声。
「さ、2人の待つ部屋に帰ろう」
――帰り道の途中。
「桃!! トパーズ!!!」
蒼が、息を乱しながら慎重に歩くルビーに付き添って駆け寄ってきた。
桃の額の流血に気づいた蒼は、ルビーの体を軽く気遣ってから、血相を変えて二人のもとへ駆け寄る。
「桃、怪我してる……っ!?」
「あー、大丈夫だよ、これくらい! 知ってるでしょ蒼もさ」
へへ、と笑う桃の横で、トパーズがスッとルビーの前に進み出た。
トパーズが震える手をそっと差し出す。
バチンッ――!!!
「いっ………っ!!」
ルビーはその手を思い切り払い飛ばした。
そして弾かれたトパーズの手首を無理やり掴むと、直接脳裏へ鬼気迫る怒声を叩きつける。
『お前ふざけんなよ。俺が生きてるのだって奇跡的なのに……! 仲間じゃなきゃ、マジで顔面ぶち殴ってたからな!!』
思考を遮断する暇すら与えない、テレパシー越しの怒り。
言い捨てると同時に、ルビーはパッとトパーズの手を乱暴に振り払った。急に動いた反動で少し息を乱してふらつきながらも、フンッと顔を背けると、自分の足でゆっくりと一歩ずつ歩き出していく。
「トパーズ。ルビーはここの誰よりも、禁術の怖さを知ってるんだ。誰よりも臆病になってたんだよ。……でも、今のビンタは僕と桃とルビーの三人分だと思ってね」
静かにそう告げた蒼は、トパーズへすっと手を差し伸べた。
「もうルビーも動けるから大丈夫。さぁ、ふたりを女子寮まで送るよ」
「いえ、医務室に桃を連れて行きたいの。蒼、手伝って」
「あら? 今度は何を爆発させたら無能力くんが怪我するの?? ねぇ? 医務室に来たら、まず症状を言うのが先でしょ?? 早く見せなよ」
相変わらずの嫌味。けれど、今の三人には言い返す気力すら残っていなかった。
「一番痛いのがここで、あとはここと……ここかな?」
桃が頭、足、そして手の平を指さす。
ジノ人形の手が動き、手際よく包帯が患部に巻かれていった。
「手が一最重症かなぁ。ヒビ、折れてるよ、これ」
「っ……ごめんなさい、桃……っ」
「あれ〜? マスター様がやったんですか、これ〜? あははは、熟年夫婦かと思ったのに、まだまだクソガキじゃん」
「っ……」
普段なら言い返すトパーズも、今は虚勢すら張ることができない。俯いて震えるトパーズの肩を庇うように、蒼が鋭く言い放つ。
「……終わったな!? じゃあ失礼する!」
バタンッ!!!!
蒼は苛立ちを隠さずに強くドアを閉め、医務室を後にした。
「あれれ〜、もっとお話ししたかったのになぁ〜???」
――女子寮。
(手が折れてたのか……。さっきまで痛みにあんまり気がつかなかったのにジノに言われてから痛いなぁ…後もうちょっとオルゴールに仕掛けをしたかったのに……。でも完成はしてるし、明後日の提出には間に合うから……いいか……)
ベッドに横たわった桃は、包帯でぐるぐる巻きになった手を上にかかげ、じっと見つめる。
「桃っ……」
トパーズが消え入りそうな声で呼ぶと、桃は体をこちらに向けて、へへっと笑った。
「ん? もう終わりだよ! 痛いのだってあるし、怪我もした。でもね、これはトパーズの心の痛みを共有できたと思ってる……なんちゃって」
えへへ、とおどける桃の顔を見ながら、トパーズは静かに溢れる想いを噛みしめる。
もう、禁書庫の膨大な書物はほとんど読み漁った。残りのほんのわずかな部分は、一晩かけて蒼が見てくれると言ってくれた。
ルビーをひどく怒らせてしまった。でもそれは、間違いなく自分のことを誰よりも心配してくれていたからだ。
大切にしていたと思っていた友達を傷つけてしまった。それでも桃は、痛みを共に分かち合いたいと言ってくれた。
「……みんな……ありがとう………っ」
ずっとずっと、たった一人で隠し、我慢し続けていた涙が、堰を切ったように溢れ出し、止まらなかった。
怪我直後のアドレナリンってすごいんですよね
骨折ってもその日は気が付かなかったことあります




